等身大の英国〜イングランド北東部を訪れて〜

本多 智佳

摂津医誠会看護婦、大阪大学大学院(大阪梅田RC推薦)

はじめに
1999年9月3日、私達第2660地区GSEチームは関西国際空港を飛び立ちました。出発前がとても慌しかったためか、不安な気持ちよりはむしろ、慌しさから開放される喜びと、憧れの国だった英国を訪れるという嬉しさでいっぱいでした。そのときは、このGSEプログラムでどんなに貴重な経験が得られるかということを本当の意味で理解できていなかったように思います。

このように大変貴重な機会を賜ったロータリークラブの皆様方をはじめ、このプログラムに関わっておられる方々に心からお礼申し上げたいと思います。このプログラムでの経験は私のキャリアだけでなく人生にも大変重要な意味を与えてくれています。

それでは、実際にGSEチームの一員として得た英国での経験を述べたいと思います。

英国における一ヶ月
皆さんは英国と聞いてどのようなことを思い浮かべられるでしょうか。私が英国と聞いて連想したものは、まずミルクティー、スコーン、チョコレート、あまりおいしくないという食事。そして食べ物から離れますと芝生の公園、傘を手放せない空模様、古い建物、大英帝国、英国王室、NHS(国民保健サービス)、ナイチンゲールなど多くのことが思い浮かびました。

心配していた気候もとても過ごしやすいもので、傘を使ったのはほんの1,2回でした。幸運にも素敵な良い天気(lovely weather)に恵まれ、私達の滞在はとても快適でした。団員の方には、食事が少し不満だった方もおられるようですが、私自身は英国の食事は予想以上に良かったと思います。確かに日本食と比べると用いられる食材の数も少なく限られていましたが、楽しむことができました。特に、紅茶と一部のお菓子は本当においしくて、食後のお茶がいつも楽しみでした。多いときには一日に5杯以上もミルクティーを飲んだこともあります。紅茶やコーヒーと一緒によく食後に出されたミントチョコレートは今でも恋しく、思い出しながら日本でも食べています。デザートは日本で食べるものと比べて、何でも大きく、そしてかなり甘かったです。ですが、スコーンなどは日本で食べるものよりもとてもおいしくて、私はお菓子作りが好きなので、ホストの方にはレシピをもらったりして大変参考になりました。

ホスト家庭は原則として3日ごとに移り変わったので、このプログラムにおいて唯一残念だったのはホストの方とゆっくり過ごす時間がほとんどなかったということです。もう少しでも長く滞在できれば、さらに交流を深めることができたように思います。それでも、夕食後などの時間を利用してホストとお話する機会も少しはありました。日本文化のことを紹介したり、英国について教えていただいたりして、楽しく語ることができましたが、とても困ったことがありました。それは宗教のことでした。あるホスト家庭で、ご主人が事典を持ってこられて、日本のページを開いて見せてくださいました。そこには各国の文化や地理などが載っていたのですが、宗教についての項目に数%のキリスト教やその他の宗教をおいて、日本人の80%が仏教で、70%が神道だと書かれており、「日本の統計はどうなっているんだ?」と訊かれました。日常、日本にいるときはわかっていても、あまり意識はしていない日本人の宗教観を訊かれて、たいへん戸惑いました。古くからの神道と、伝来してきた仏教とが共存してきたためにそのような統計結果 になるのだと説明したのですが、理解してもらえたかどうかは疑問です。ただ、宗教について話したときに印象的だったのが、英国人の無宗教化です。あるホストは、英国人の多くがキリスト教徒だと口では言っているが、教会にきちんと礼拝に行っている人ばかりではないし、自覚のない無宗教化が進んでいるかもしれないと話してくださいました。宗教のほかにも、社会問題などについても語り合いました。英国で大きな社会問題としてドラッグと若年妊娠(teenage pregnancy)が挙げられました。ほかにも教育現場の荒廃など、先進国における社会問題は程度や背景に多少の差異はあっても、共通 している印象を受けました。

一ヶ月の間に、イングランド北東部を広く訪れ、たくさんの建造物や自然、文化に触れることができました。

職業研修
私の職業研修のテーマは「地域における看護職者の役割について」でした。滞在中に全部で6日間が職業研修に当てられていましたが私はホストのご厚意によりさらに一日分、職業研修をする機会をいただきました。訪れた病院は3つ、ホスピスを2つ、保健所を3つ、そして地域で働く看護職者の方と何軒かのお宅を訪問させていただくことができました。どのお宅でも、突然の日本人の訪問を快く受け入れてくださり、地域住民と看護職者の強い信頼関係を感じました。特に日本では保健婦による家庭訪問があまり一般 的でないという事実があるので、ある種のカルチャーショックを覚えました。イギリスの保健・医療・福祉の制度は日本とは異なり、基本的には税金による一元的な公共サービスとして保健医療福祉に関するさまざまなサービスが提供されています。住民はそれぞれGPと呼ばれる家庭医に登録し、何かあれば病院ではなくGPの元を訪れるシステムになっており、多くのサービスが無料で提供されています。中でも特に私が関心を持ったのは高齢者問題と失業者等社会的弱者の問題でした。

英国の高齢者
かつて「ゆりかごから墓場まで」といわれた福祉国家イギリスは日本より早くから高齢者問題が深刻化していました。病院におられる高齢患者さんを在宅に戻していこうという取り組み、日本の介護保険に似た“コミュニティアクト”は1993年に施行されていました。英国では他の欧米諸国同様、子供は成人すると家を出て行くのが普通 で、日本のような3世代同居は少なかったです。そして、高齢者自身の自立に対する意識が強く、家族に見てもらうという意識はほとんど見られませんでした。反面 、家族がまったく面倒を見ないで放っておくなど家族の中の絆が弱っている家族も増えてきているようです。地域に住む高齢者は、ご自分の家で生活される方、管理人つきの集合住宅に住まわれる方(シェルターハウス)、介護が少し必要な方のホーム(レジデンシャルホーム)に住まれる方、看護が必要な方のホーム(ナーシングホーム)に住まれる方など、さまざまでした。私も日本で養護老人ホームや長期療養型病床群、老人保健施設などさまざまな施設を見ましたが、それらに比べて英国の高齢者ケアはとてもアットホームでした。日本では手厚いケアが重視されがちですが、本当にご本人にとって良いケアはそれだけではないと私は考えています。たとえば、ホームでのケアは、高齢者一人あたりのケアをする人数の差もありますが、ベッドでの寝かせきりもほとんど見られず、各人が個室を持ち私物に囲まれて、できるだけ自宅に近い形での生活が尊重されていました。まさに“ホーム”なのだと感じました。もちろん、日本には日本の良さがあり、すべてを真似すれば良くなるかというとそうではありません。しかし、見習うべき点は多く見出され、そういった点を取り入れながら、より良い日本のケアを考えていくことができたらと考えました。

社会的弱者への公的支援
今回訪問したイングランド北東部は英国でもっとも失業率や犯罪率の高いエリアの一つでした。そのこともあって、家庭訪問に同行させていただいた中には失業率がかつて45%、現在でも20%の高さという地区も見られました。多くの人がカウンシルハウスとよばれる公営の住宅に住み、失業手当などで生活していました。ホームステイさせていただいたお宅や、観光に訪れる場所は日本と大きく異なり、大英帝国の偉大さを感じさせる立派なものが多く見られましたが、とても印象的だったのは地域におられる裕福とは言えない人々の生活でした。一見華やかな英国も実際は貧富の差が激しく、その差は大きくなっている印象を受けました。地区看護婦(district nurse)や保健婦(health visitor)、地域精神看護婦(community psychiatric nurse)と訪問した家庭の中にはそういったお宅もあり、英国の影の部分を垣間見た気がします。日本でも保健婦の重要な役割に潜在している住民のニーズを顕在化することがありますが、英国の保健医療福祉の身近さは住人のサービスへのアクセスを容易にし、ニーズを顕在化させるとともに、社会的弱者といわれる方々の保健医療福祉へのアクセスも保っているという点ですばらしいと思いました。もちろん、公共サービスとして実施されているため、当たり前という意識も見られ、弊害としてコストの莫大さもあり、無条件に取り入れられる類のものではありませんが、日本としても今後の地域を中心とした保健医療福祉を構築していく上で学ぶべき点がありました。

看護職者の意識
特筆すべきは、看護職者の意識の高さです。社会の認知ももちろんですが、看護職者自身の専門意識の高さは、同じ看護に携わる人間として大きく感銘を受けるところでした。私が日本で看護婦をしているというと、いつも「何科が専門ですか?」と訊かれました。日本で看護婦をしていると言ったときに、「何科で働いていますか?」と訊かれることはあっても、専門を訊かれることはありません。看護職者の意識の高さに貢献していると考えられるもう一つの制度は、ナースのグレード制です。英国ではナースはAから始まるグレードでランク付けされています。私は国家試験に合格して半年ほどだったので、「じゃ、資格を取って間なしならグレードはDくらいね」といわれました。勤務時間と試験によってD、Eとあがっていきます。このナースのランク付け制度が必ずしも日本の性質に合うかというと、そうとは言えないと思います。ただ、この制度は看護職者に向上心を与え、専門家としての自覚を喚起するという点でとても有意義なものだと考えます。かつて英国でも準看(junior nurse)制度がありましたが、5年以上前に廃止されたそうです。日本でも廃止しようという動きがあり、また専門性を高める取り組みもされており、日本の看護職者が参考にできる点も多く見られました。  

このほかにも日本にあまり見られないシステムとして、チャリティー活動があります。病院やホスピスなど、多くの施設でチャリティーが行われ、資金の調達に使われています。ボランティア意識も高く、病院などの施設でも多くのボランティア活動がされていました。多くの方の社会参加への意識の高さが印象に残っています。

私がここで述べたことは、実際に経験することができたなかのごく一部です。今回、GSEチームの一員として経験させていただいたことの数々は、ここに書ききることはできませんが、今後は一社会人として、これらのことを活かしていきたいと考えています。

等身大の英国に出会って
英国滞在中でもっとも印象深かったことのひとつは多くの人が歴史の重みを尊重していることです。古い建造物はもちろん、町並みなどさまざまなことにおいて歴史の重みを誇りに思う英国人を感じるとともに大英帝国の面 影を見た気がします。そして日本人として日本のことをあまり知らない自分を恥ずかしく思いました。さらに英国人ロータリアンやその家族との交流は、私にいろいろなものを与えてくれました。それは、宗教などのそれぞれの文化や歴史、社会情勢について考え、議論する機会であり、また、英国人の暖かな心でもありました。

私が今、イギリスと聞いて連想するものは、一部は訪れる前と変わらず、一部は修正され、そしてGSEチームの一員として訪れてからは新しい事柄が加わりました。日本にいる中で感じることと、実際に訪れて、自分の目で見て感じることの間には、やはり多少の違いがありました。他を見る、経験するということは物事のある一つの側面 でしかなく、それだけでは十分でない気がします。その上で、自分はどうするべきか、どうすれば良いのか、どうしたいのかと問い直すことがとても大切なのだと思います。さまざまな人に出会い、いろんな新しいことを知ることは、ひいては自分について考えることにつながっていくのではないでしょうか。

ただ、観光でイギリスに行っただけでは得ることは難しいであろう貴重な体験を本当にたくさんさせていただきました。

おわりに
約一ヶ月の日程を無事終え、私達は10月8日に再び関西国際空港へと帰ってきました。そのときの気持ちとしては、帰国した喜びよりはむしろ、本当に全日程が終わってしまったのだという残念な思いの方が大きかったように思います。ホストファミリーを始め英国第1030地区の皆さんや、現地でお世話になったすべての人たち、さらにご推薦くださった稲本先生、大阪梅田ロータリークラブの皆様、そして第2060地区の方々への感謝の気持ちは表現しきれないほど厚く感じております。ありがとうございました。

帰国後しばらく経った今でも、ふとした拍子に、英国で過ごした日々を思いだします。英国で得たさまざまな経験はこれからも、いつまでも私の心の中に強く響きつづけることでしょう。そして、少しセンチメンタルな気分になったときには、いろんな思い出に耽りたいと思います。もちろんテーブルの上にはスコーンとミルクティーを。