ソーシャルワーカーが見たオランダ社会

岩上 高志

大阪市健康福祉局(大阪市立児童院) 福祉職員(大阪城北RC派遣)

はじめに  

この度、私は大阪城北ロータリークラブのご推薦により、GSEチームの一員としてオランダを訪問しました。私にとって、このプログラムがロータリーとの最初のかかわりであり、ロータリーの理念や活動を理解する貴重な機会となりました。また、GSEの経験は、私の職業上の考え方や行動に大変大きな影響を与えるものになりました。  

現在、私は大阪市立児童院という施設(情緒障害児短期治療施設)で福祉職員として、主に虐待された子どもたちのケアをしています。したがって、今回の訪問の目的は、オランダにおける社会問題や教育制度、特に児童虐待に対する取り組みを研究することでした。

オランダ社会の現状と課題  

オランダ滞在中、ホストファミリーとの交流や一般研修を通じて、オランダ社会のさまざまな側面 について理解することができました。その中で印象的だったのは、オランダの経済状況と社会問題についてです。

@ オランダの経済状況  

現在のオランダ経済は良好です。オランダ滞在中、いくつかの企業を訪問し、多くのロータリアンの方と話をしましたが、みんなが口をそろえて「景気がよい」と言っていました。住宅の価格はここ数年高騰し、都市部は建設ラッシュです。また、失業率はかなり低い状態で、大学を卒業する学生は、いわゆる大企業から引く手あまたの状態だそうです。そのため、教師や医療・福祉関係の人材不足が深刻だという話も聞きました。

このような状況を見ると、日本のバブル景気に似ていると思いましたが,オランダの人々はそんなことお構いなしに、仕事に余暇に忙しいという印象をもちました。

A オランダの社会問題:売春・犯罪  

オランダは基本的には景気がよく、安定した社会状態であるといえますが、福祉職員という私の職業柄、どうしても社会問題に目がいってしまいます。  

オランダといえば、アムステルダムの飾り窓地域を思い浮かべる人もいると思いますが、オランダでは売春は合法で、政府によってコントロールされています。郊外に行くと、駐車場に仕切りをしただけという売春地域があり、午後2時から買春目当ての人々が車で集まってきます(写 真1)。
 

また、オランダのガイドブックを見ると、スリや置き引きに注意するようにとのアドバイスが載っています。これらの軽犯罪は、アムステルダムのような都市部で特に深刻のようです。私たちのチームは、ある週末、チームだけでアムステルダムに滞在したのですが、出発前に多くのホストファミリーやロータリアンの方々がスリや置き引きの手口について教えてくれました。そのおかげで、私たちは誰一人被害に遭いませんでした。

B オランダのドラッグ・外国人問題  

このような売春や軽犯罪の問題は、日本人にとっても特に驚くべきことではありませんが、問題の背景はオランダと日本ではかなり異なるように思います。なぜならオランダでは、これらの社会問題の背景にドラッグと外国人の問題があるからです。  

ドラッグに関しては、オランダではソフトドラッグとハードドラッグに分けられ、ソフトドラッグは政府のコントロールの下に合法化されています。ソフトドラッグとは、マリファナとハシシのことで、コーヒーショップと呼ばれる店で売られています。アーネムでのプログラムで、私たちは警察の方とコーヒーショップを訪れ、実際の雰囲気を知ることができました(写 真2)。

店内はマリファナのにおいで充満しており、暗い感じでしたが,政府(警察)による管理がしっかりされているように感じました。ただし、ドラッグを買うお金のために売春や軽犯罪に走る人が多く、時に殺人などの凶悪犯罪に至ることもあると考えると、ドラッグの問題は想像以上に大きく、困難な問題であると思われます。  

また、外国人の問題も複雑です。オランダには、世界中からたくさんの人々が仕事やよりよい生活を求めて集まってきています。もちろん、政治的な理由でオランダに逃れてきた人々もいます。これらの人々は、アフリカ、東ヨーロッパ、中東などが主で、特にトルコとモロッコが多いように感じました。オランダの人々は、基本的には外国人に対して寛容であると思いましたが、さまざまな問題を抱えているようです。たとえば,、学校教育において、オランダ語が話せない外国人児童が増加し、それらの児童に対する対応が問題となっています(写 真3)。

また、前述の飾り窓地帯についてですが、私たちは観光地的に興味本位に見ていますが、現実は多くの外国人が仕方なくそこで働いていることを覚えておく必要があると思います。

職業研修  

職業研修は私にとって期待以上のものでした。私の場合、オランダの教育、福祉、児童虐待問題について学ぶ機会を得ることができました。

@ オランダの教育  

ネーデにおいては、学習障害などで授業についていけなくなった児童のための特殊学校を訪問しました。ここには、小学校と中学・高校が併設されていました。小学校部門では、できるだけ早く一般 の学校に戻すという原則の下、小人数による授業が行われていました。中学・高校部門では、将来の就職を念頭に置いた職業教育が中心でした。つまり、どんな問題や障害を抱えていても、社会の一員として自立した生活ができるように教育することが基本的な理念であるといえます。日本では、知的・身体障害児に対する教育は充実していますが、いわゆる学習障害児・多動児に対する教育は未整備ですので、非常に興味深いものでした。  

また、ベネコムでは、カレッジ(日本の専門学校に相当)を訪問しました。この学校には、子育て中の学生のために、託児所が併設されており、結婚・出産後の女性も積極的に学業に励んでいます(写 真4)。

また、夜間には昼間仕事をしている知的障害者のための授業が行われており、社会で自立して生きていくためのスキルを学んでいました(写 真5)。

彼らは自分で受講することを決め、送迎バスを利用して通学しています。日本でも近年、生涯学習の必要性が強調されていますが、オランダではさまざまな人々がそのニーズに応じて学んでいるという印象を受けました。

A オランダの福祉  

ドゥティンヘムでは、児童福祉サービスを提供している組織を訪問しました。オランダでは、社会福祉における公的部門と民間部門の連携が盛んですが、公的部門は企画立案、民間部門はサービス提供というように、はっきりと役割分担がなされています。私が訪問した組織では、問題を抱えた子どもに対するデイケアサービス、薬物中毒の青年に対する援助プログラムなどに取り組んでいました。これは、ドラッグによって犯罪を犯したり、社会に適応できなくなった若者をフランスの農家に送り、そこでの農作業や集団生活を通 じて社会復帰を目指すというものでした。このプログラムは非常に効果があるようですが、それ以上に薬物に依存する若者が多すぎて、問題の解決には至っていないということでした。  

ハーダウィックでは、フィラデルフィア・インスティチュートというオランダでも最大規模の福祉施設に行きました。ここには、かなり重度の知的・身体障害者の方々が入所しており、オランダ全土に同様の施設を運営しているということでした。ここで、私は音楽療法士の方と話をすることができました(写 真6)。

日本でも最近、音楽療法への関心が高まっており、国家資格化への議論がなされていますが、オランダでも同様の状況です。ただ、オランダの場合、障害者施設での実践が積極的になされているという印象を受けました。

B オランダでの児童虐待への対応  

近年、日本では、児童虐待への関心が高まり、マスコミでも盛んに取り上げられています。オランダでも児童虐待の問題は深刻で、積極的な対応がなされています。しかし、オランダと日本では、この問題への対応の仕方がかなり異なっていました。  

日本では、深刻な虐待ケースを扱う場合、子どもを保護し、施設や里親へ措置します。一方、オランダでは、このようなケースでも、できるだけ子どもが家族と生活できるように援助をしています。つまり、オランダでは家族のつながりを重視し、家族による子育てや生活を社会によって支援していくことが中心的な理念となっています。オランダでは、虐待する側の親を犯罪者と見るのではなく、社会的な状況によって、そうせざるえなくなった被害者として捉え、支援(治療)していくことが徹底されているようです。  

オランダ滞在中、私は児童虐待問題を専門に扱う機関で働く医師とソーシャルワーカーにインタビューすることができました。オランダにおいても、ここ数年の間に、児童虐待問題に対する政策・サービスの改革が積極的に行われており、最新の情報を得ることができました。また、お互いの実践について話し合い、意見を交換することは非常に有意義で、自分の職場での課題を再検討することができました。  

ところで、この訪問は、あるロータリアンの方(他のメンバーのホストファミリー)の多大なご協力によって実現しました。通 常、このような機関は、児童虐待というデリケートな問題を扱っていることもあり、外部からの見学やインタビューを受け入れていません。ところが彼は、私が児童虐待に興味を持っていることを知ると、わざわざ医師のリストから虐待問題を専門としている医師を探し出し、その人に連絡をとって私の訪問を計画してくださったのです。このようなことがオランダ滞在中に何度もあり、オランダのロータリアンの方々の親切さを実感する毎日でした。

GSEを通じて学んだこと  

今回のGSEのプログラムを通じて、オランダの福祉や教育、児童虐待への対応など、私の職業に関連した知識を得ることができたのは非常に大きな収穫でした。自分の実践を客観的に振り返るためには、他国でどのような実践がなされているのかを知ることがとても大切であると実感しました。その意味で、このGSEのプログラムは、私が自分の職業を理解し、今後発展させていく上での大きなエネルギーになると確信しています。それ以外に、出発への準備段階から帰国までの過程で、自分なりに学んだことをあげたいと思います。

@ チームワークの大切さ  

GSEのプログラムは、一人で参加するものではなく、チームとして参加します。例会でのプレゼンテーションも、出発までにどの程度チームとして集まり、準備をするかによってプレゼンテーションの質が決まってしまいます。現地においても、困ったときに最終的に頼りにしたのはチームのメンバーだけでした。したがって、チームワークの大切さを自覚し、チームの一員として行動することは決定的に重要なことです。  

私の場合、これまで自分の仕事において、チームの大切さを軽視していた面があったのですが、GSEの参加を通 じて考え方が180度変わってしまいました。そのため、帰国後、私の仕事のスタンスは大きく変化し、同僚とのつながりを重視して仕事に取り組むようになりました。

A 笑顔・理解・質問  

オランダでは、当然オランダ人と英語でコミュニケーションする必要がありました。私はこれまで、これほど長く外国に滞在する経験がなかったので、英語でのコミュニケーションに大きな不安がありました。  

「笑顔・理解・質問」というのは、現地での試行錯誤を通じて、私が心がけるようにした目標です。

「笑顔」は、最初に大切だと感じたことです。しんどいときに無理やり作り笑顔をする必要はありませんが、基本的に笑顔で人に接することがコミュニケーションを成功させる上で大きな役割を果 たすと思いました。

「理解」は、相手の話をきちんと聞くこと、もし理解できなかった場合は正直に聞き直すということです。私の場合、英語で話しているときに、わからなかったのにうなずいてしまう癖があり、きちんと「わからない」と言えるように心がけました。

「質問」は、きちん理解した上で、積極的に質問すると言うことです。英語で質問することは、容易ではないことですが、できるだけ積極的に質問することが私の目標になりました。ただし、これについては、もう少しがんばればよかったなと反省しています。

おわりに  

オランダで過ごした5週間は短い時間でしたが、私の人生にとって非常に重要で、かけがえのない時間となりました。GSEのメンバーとしてオランダを訪問できたことは、私にとっての大きな財産となりました。今後もGSEでの経験を最大限生かし、それを通 じて社会に貢献していけるように努力したいと思います。また、最後になりますが、このプログラムをさまざまな面 で支えて下さったオランダと日本のロータリアンの方々に感謝の気持ちを申し上げさせていただきたいと思います。