大阪府政策室政策調整課主査 (大阪城北RC推薦)
1.はじめに
ビールと酪農、そして教育水準の高い州として知られるアメリカ、ウィスコンシン州。この度、私は5月1日から31日までの一か月間、GSEチームの一員として、アメリカ中西部の大平原と1万5千もの湖など自然に恵まれたこの州の南東部に位置する国際ロータリー第6270地区を訪問し、数々の貴重な経験をさせていただきました。
私の研修テーマであるアメリカの労働事情や雇用関係制度について、関係者と幅広い意見交換ができて大きな成果をあげられたほか、6つの家庭でのホームステイを通じてアメリカ人の家族とともに過ごすことができたことは、私にとってかけがいのない貴重な経験となりました。この1か月を振り返って、印象深く感じたこと、日本との比較が興味深いことを中心に次のとおり報告いたします。
2.ウィスコンシン州とミルウォーキーの特徴と印象
(面積と人口)
ウィスコンシン州の面積は14万5,450平方キロメートル。日本全体で37万8,000平方キロメートルなので1つの州だけで日本全体の約38%の広さということになります。一方、州全体の人口は525万人(1999年)で大阪の3分の2足らず。州内で最も人口が多い都市ミルウォーキーでも61万人です。ミルウォーキー到着後、すぐに気づき、驚いたことは、土地の広さ、そして美しい芝生の中に建つ住宅での人々のゆったりした暮らしでした。私たちはこの州の代表的な都市ミルウォーキーを中心に、周辺の4都市(ワーカシャー、オシュコシュ、ポートワシントン、ハートランド)を訪問しました。
(都市の特徴)
ミルウォーキーの名前は、アメリカ先住民アルゴンキン族の言葉で「水辺の集会場」という意味のMilliokiが由来で、3つの川が湖に流れ込む前に交わる場所として古くから多くの人が会する場所として発展したそうです。その湖とは、街の東側にひろがる“ミシガン湖”。滞在中何度もその大きさに触れる機会がありましたが、湖というよりまさに海という感じでした。
ドイツ、ポーランド、アイルランドからの移民が多く、現在のミルウォーキーは彼らがつくりあげた美しい街。そして、ドイツの伝統を引き継いだビールとソーセージ、チーズが有名です。高層ビルが並ぶミルウォーキーのダウンタウンから、車で5分も走れば整然とした住宅地が広がり、さらに高速道路に乗り10分も走れば、街並みは途切れ、牧場やとうもろこし畑のような風景が見られます。
といってもけっして田舎ではありません。日本にも輸出されているミラーのビール工場や、世界的に有名なバイク、ハーレーダビッドソン、そして国内有数の規模を誇る製造業や医療機具製造など産業も盛んで、また、プロ野球のブリュワーズ、プロバスケットボールのバックスは、いずれもミルウォーキーを本拠地とし、シーズン中は多くのファンを集める人気チームです。私も週末にミラーパークで野球観戦(ブリュワーズ対カブス)をする機会がありましたが、4万人以上の大観衆を集め、大いに盛り上がっていました。
3.私のアメリカ体験(ウィスコンシン州で見たこと、感じたこと)
私は今回の研修旅行の出発前から、広大な国土のみならず歴史や文化が日本とは大きく異なるアメリカにおける人々の暮らしに非常に関心がありました。私がみた、アメリカ生活の一部を紹介します。
@生活空間
訪問した地域は、アメリカ中西部に広がるプレーリー(大平原)の一部であり、ほとんど山はなく、人口密度が非常に低いため、住宅のための敷地、道路、公園、学校などはすべて充分なスペースが確保され、のびのびと暮らせるものでした。住宅については、ミルウォーキーのダウンタウンに近いところは比較的隣との距離は狭くなっているものの、それでもほとんどすべての家のフロントヤード、バックヤードは美しい芝生と数本から数十本の木があり、広い部類の家になると、敷地内に人工の湖やプライベート用飛行場を持つなど、その広大さは私の予想をはるかに超えるものでした。
住宅は2階建てが多く、ほとんどすべての家にbasement(地下の部屋)があります。地下の部屋は大きなテレビを置いて映画を楽しむ部屋であったり、ビリヤードやピンポンを楽しむ部屋、仕事部屋など各家庭で工夫して使われていました。
ホストファミリーと釣りを楽しむ筆者
A車社会
これだけ広い空間での生活は車なしでは成り立ちません。役所はもちろん、ショッピングセンター、野球場(ミラーパーク)など人が集まる場所には必ず広大な駐車場がありました。また、16歳で免許が取得できるので高校生になると多くの生徒が車で通学するそうです。
あるホスト(4人家族で車5台所有)の家で、京都議定書の問題でアメリカが背を向けていることが話題になりました。私が「あなた方が1人1台ずつ車を持ち、毎日、大量のCO2を排出していることが少し気になる。自転車なども使うべきでは。」と言うと、「環境によくないことはわかっているが、自転車で今と同じ生活をすると毎日2〜3時間乗らないといけない」とのこと。車が生活の“アシ”になっているウィスコンシンでは、ダウンタウンでさえ、ほとんどタクシーをみることはありませんでした(もちろん、隣のイリノイ州シカゴのような大都市では事情も違うと思いますが・・・)。
B人々の生活パターン
朝の始動は一般的に日本より1〜2時間早く、お世話になったロータリアンもほとんど朝5時台に起床し、7時台には仕事を始める人が多いようでした。もっと早く起きて出勤前にスポーツクラブで運動したり、水泳(朝だけ年中開放されている公立高校があった)をしてから仕事に向かうという人もいました。私たちも朝7時からのロータリーの例会にも4回出席しましたが、このようにアメリカ人は朝から非常に精力的に活動しているのが印象的でした。
早くスタートする分、仕事を終えるのは夕方4時頃でその後はプライベートの時間です。夕方から映画館にいったり、親子でYMCAで柔道を習ったり、その他家族とともに過ごす時間を大切にしているとのことでした。
C地域コミュニティ
職場と離れたプライベートの時間を大切にしますが、同時に地域とのつながり、いろんな人とのコミュニケーションも重視していました。ロータリーの活動はもちろん、趣味を通じた友人関係や教会での礼拝の機会などを非常に大事だと考えているようでした。あるホストファミリーと日曜の朝早く教会にいきましたが、礼拝の前に知人と近況を報告しあい、終わると別の友達とともにレストランでいっしょに朝食をするのが毎週の楽しみだということでした。日曜日の朝8時半頃、大きなレストランが満員になっていることは日本では考えにくいことです。
アフター5に教会の中の部屋で地域の人々と一緒に歌の練習
Dアメリカ式あいさつ
アメリカ人は実によくあいさつをします。知った者同士、“Hi! 誰々” “How are you? 誰々”と名前を付けてあいさつしあい、早口で最近の出来事などの情報交換をし、“Good
see you”で終わります。数時間後、もう一度会って同じパターンであいさつすることもありました。知らない人でも、私があるホストの犬を散歩させていると、すれ違いながら“Hi!”“Hello!”と声をかけてくれるし、スーパーのレジでも同様に“How
are you today?”と聞かれました。“fine”とか“good”とか適当に答え、勘定が終わると、“Have a nice day”、こちらも“You,
too”と返しました。
最初は面くらい、いちいち挨拶するアメリカ人は疲れるだろうと思いましたが、これが社交的な雰囲気をつくる潤滑油のようなものであるとわかり、だんだん慣れました。
E国旗と愛国心
アメリカの星条旗をいたるところで目にしました。祝日でなくても、役所、会社はもちろん、多くの普通の家の玄関付近にも大きな旗が掲げられていましたし、Tシャツや帽子も国旗がデザインされているものがどこでも売られており、現にそれを着ている人もたくさんいました。ロータリーの例会では、必ず国への誓いの言葉から始まりました。歴史が浅く、多民族国家ということで日本と異なりますが、国民共通の愛国心を育む教育がきちんとされているのだろうと思いました。
F寄付の文化
今回の研修では、個人の寄付によって支えられた素晴らしい施設をたくさん見学させてもらいました。市民のための劇場、保育施設、客席も整備された立派な体育館(ウィスコンシン州立大学構内)、野生動物のリハビリテーションセンター等々。donationという言葉をこれほど聞くとは予想していませんでした。
寄付をすると税金の控除が受けられることや、宗教的な習慣だとその理由を説明する人もいますが、「自分たちの街をよくするために、自分たちがお金を出し合おう」という自治の精神が「寄付の文化」を支えているというふうに感じました。
私は40年前のケネディ大統領の就任演説を思い出しました。「わが同胞アメリカ人諸君よ。国が諸君のために何をしてくれるのだろうなどと言わず、国のために何ができるかを自分に問いかけてほしい。」
G日本の紹介とアメリカ人の反応
私たちがアメリカの文化や生活に興味があるのと同じように、アメリカ人も日本という国、そしてそこでの暮らしに興味を持っているため、日本の生活を紹介したり、意見交換することは話もはずみ楽しいものでした。ロータリーの例会では、日本や大阪を紹介するプレゼンテーションをしました。大阪の地理や街並み、人口、産業から、歴史、生活様式、食べ物、伝統芸能、スポーツまでスライドを使って幅広く説明し、“よくわかった”“おもしろかった”と言ってもらいました。
ホストファミリーとも、日本の暮らし(住宅事情、食べ物、子どもの教育、仕事、バケーションなど)についてはよく話題になりましたが、慣習や様式の違いを認め合いながら、生活を楽しみたい、よくしたいという思いは当然同じで、国が違っても考え方に共通部分が多いこともよくわかりました。
RCの例会でのプレゼンテーション
4.アメリカの労働事情と雇用対策
私の職業研修のテーマは、アメリカの労働事情と各種の雇用対策の調査でした。私は3ヶ所のWorkforce Development Center (企業や求職者などが雇用、教育訓練等に関する情報やサービスを1か所で入手できる施設。公共職業安定所を中心に官民の労働関係施設が入っている)と民間の人材育成・派遣会社1社を訪問し、様々な角度からアメリカの労働事情について話を伺いました。また、ロータリアンやホストファミリーからも仕事に関する考え方などを聞きました。
@職業に関するアメリカ人の意識(ロータリアン等の個人の意見)とその背景にあるもの
・自分の職業を考える上で重視するポイントは、所属する組織ではなく、個人のキャリアを磨き、労働市場で高く評価されること。そして「チャンスがあれば独立したい」と多くの人が考えている。
・その実現のために、高い目標をもって大学で学位を取得することなどにも関心が高い。一度仕事についても、大学に戻って勉強しなおすことも珍しいことではない。
・労働移動(転職、転業)は積極的なものとして、会社も個人も受け入れている。実際、一生で数回仕事や会社を変えることは普通。(公務員でも同じ。私は大学卒業以来15年間続けて同じ役所に勤めているというと、驚く人が多かった。)
・ 日本が長い間、採用してきた終身雇用制等について数人に感想を聞いた。「伸びている会社にとってはいい制度。しかし、社会経済の変化の中で常に会社も個人もその変化に対応していかなければような状況では制度の維持は困難だろう。年功序列制は不公平。熟練した技能、技術などは正しく評価すべきだが、年齢や勤続年数とは関係ない。」
アメリカの労働市場はこうした考え方を持つ人で成り立っており、日本とは異なる部分が多くなっています。また、次のようなアメリカ独自の事情(労働関係の文化・慣習)も日本と異なっています。
・労働組合の組織率が低い。(2000年の労働組合組織率は13.5%、日本は21.5%)
・解雇を規制する法律がない。(但し、連邦法やいくつかの州法が人種、宗教、性別、出身国、年齢あるいは組合活動を理由とする解雇から労働者を保護している。)
・賃金制度は主として管理職、専門職など(ホワイトカラー)に適用される年俸制と、それ以外の労働者(ブルーカラー)に適用される時給制に分けられ、ホワイトカラーの賃金は目標の達成度合いに応じた評価により次の年の昇給が行われる。
Aアメリカの雇用失業情勢と特徴
アメリカの失業率は、長期におよぶ景気拡大により2000年10月には3.9%の低水準まで下落した後、経済の減退、停滞にあわせて上昇傾向にあります。経済に回復の兆しが見られますが、雇用をめぐる情勢は厳しくなっています。(2002年4月の失業率:アメリカ6.0% 日本5.2%)
アメリカにおける従来からの失業問題の特徴は、特に黒人、ヒスパニックの失業率が高いことと、ホワイトカラーの失業の高まっていること。ホワイトカラーについてはリストラによる管理専門職の解雇並びに事務職のコンピュータネットワークへの置き換えといわれており、日本と共通の課題となっていますが、失業期間は日本よりも短いのが特徴です。
失業期間(1999) (%)
合計 | 1か月未満 | 1〜3か月未満 | 3〜6か月未満 | 6か月〜1年未満 | 1年以上 | |
日本 | 100 | 12.8 | 24.3 | 18.2 | 22 | 22.4 |
アメリカ | 100 | 43.7 | 31.2 | 12.8 | 5.5 | 6.8 |
資料:労働力調査特別調査(日本)、BLS“Employment and Earnings”(アメリカ)
B労働市場の需給調整システム
アメリカでは、連邦政府(労働省)は法律に基づく基準や労働市場政策の枠組みを示すだけで、実際の公共雇用サービス業務の実施主体は州政府が行います。したがって、公共職業安定機関は州の機関であり、予算も、国は州が計画する教育訓練プログラムの実施経費の一部や失業保険制度の管理運営に関する経費を負担しますが、州が失業保険の給付内容も含め、公共雇用サービスの内容を決めるので、日本とはかなり異なります。
州政府は、国の方針に基づいて、ワンストップ・キャリアセンター(ウィスコンシン州ではWorkforce Development Centerといい、現在州内に72箇所ある)の設置を進めて、求職者等への効率的な情報提供や就職相談を進めています。
日本においてもITを利用した情報提供が進んでいますが、アメリカでもコンピュータ端末やインターネットによる求人情報の提供が1995年から始まっているとのことで、日本より早くから普及していました。州により情報提供の方法は若干異なりますが、ウィスコンシン州では、ネット上に求人者名やその連絡先も公開されており、職業安定機関に求職登録することなしに、検索した求人情報に直接応募できる仕組みになっていました。
また、求職者のためのカウンセリングや講習会、企業の協力を得て実施する就職面接会の実施等も日本と同様に実施されているほか、さらに復員軍人に対する優先的なサービスや傷痍復員軍人への特別な援助を国が義務付けているということでした。
Workforce Development Centerで求人情報を検索する求職者
Cインターネットによる労働力需給調整
インターネットでの求人求職情報の提供は定着しており、既に関連サイトは公的なものと民間のものを合わせると1000以上あります。最も大規模なものは連邦政府が運営するAmericaユs
job Bank(AJB)であり、1995年2月からサービスを開始。これは各州単位で集められた求人情報をすべて集約し、全国レベルの求人情報として提供しているものです。
さらに、州単位で個人の求職情報(履歴書や希望職種)を集めたAmericaユs Talent Bankというサイトもあり、個人情報の扱いに配慮しながら運用されています。公共と民間のすみわけについては、AJBは最も基盤となる情報としてすべての職種をカバーする一方、民間サイトは比較的給与水準が高く、専門性の高い求人情報を提供しているようです。
D他の求職方法
アメリカにおいて求職者が就職先を探す方法には、公共・民間の職業安定機関のほかに様々なものがあり、多くの求職者は2つ以上の方法を利用しています。
(就職活動に活用した手段の割合)
・公共職業安定所19.2%
・民間の職業安定機関6.9%
・使用者との直接交渉64.6%
・履歴書送付または求人申込書記入48.6%
・求人広告15.9% ・友人又は親戚14.8%
・その他8.8%
活用した手段の平均数は1.79
なお、民間需給調整機関の規模(紹介事業と派遣事業の人材供給サービス業)をそれにろう携わる労働者数でみると、1990年の153.5万人から1998年の323万人となっており、年々増加しております。
Eこれからの雇用政策の方向性と対策
技術革新の進展、経済のグローバル化などの影響でアメリカにおいても雇用構造は変化しており、労働者は雇用の保障を1つの企業に頼るのではなく、自分の技能を頼りに何回か転職することによって雇用をつなげていくことが求められています。そのため、雇用対策も生涯にわたって複数の企業での雇用をつなげていく労働者の再就職を支援する目的で実施されており、その点では日本の労働行政と多くの共通点があることがわかりました。
【主な雇用対策】
・ワンストップキャリアセンターの設置
企業や求職者、学生などが、雇用、教育訓練等に関する情報やサービスを1か所で受けることができる体制の確立を全国的に展開
・再就職のための援助プログラムの実施
個々の失業保険受給者の年齢、性別、職歴等を把握し、各々に最適な再就職の援助プログラムを実施
・失業保険制度の改善
企業がレイオフ回避のため、労働時間の短縮を行う場合、賃金カットされる労働者に手当(労働時間短縮手当)を支給するなど、失業の事前防止措置を実施
・職業技能基準の策定
国レベルの職業技能水準の向上を目的とした全国統一的な「職業技能基準」づくりを進めるため、技能基準、認証制度を策定
【参考資料】海外情勢白書、データブック国際労働比較2002(日本労働研究機構)、日本労働研究機構ホームページ 他
5.最後に
ロータリー財団のGSEの活動を初めて知ったのが昨年9月。このプログラムの過去の参加者の報告書を読み、外国の人々との交流と相互理解のすばらしさに触れて同じ感動を味わってみたいと思ったことが応募した動機でした。
以来、出発の日まで関係の本を読んだり、英語に触れる機会をできるだけつくるなど自分自身の準備を進めるとともに、プレゼンテーションを行うための準備のために、約3か月前からほとんど毎週末にグループ5人が集まり話し合う機会をつくりました。このGSEプログラムが実り多い充実したものとなったのも、5人が積極的に自分のいいところを出しながら、カバーしあえたからだと思います。特に準備期間から現地での研修期間を通じて、チーム全体に気を配り、私たちを引っ張っていただいた佐藤団長には深く感謝しております。
そして、何より私たちの研修旅行をきめ細かく計画し、お世話をしてくださった国際ロータリー6270地区の皆さん、そしていろんな生活体験の機会を与えていただいたホストファミリーの皆さん、ありがとうございました。
さらに2660地区GSE委員長の野村さん、コーディネーターの松岡さん、またGSE経験者の皆さん、私を推薦してくださった城北ロータリークラブの皆さんには折りに触れ、適切なアドバイスと温かい励ましの言葉をいただきました。心より感謝申し上げます。