故きを温ねて新しきを知るイングランドへの旅

小池 重一

大阪うつぼRC推薦、大阪府庁勤務



(写真―1:職業研修の様子)

はじめに

私たちGSEチームは、9月13日から10月17日の約5週間にわたり、イングランドの北西部、マンチェスターとその近郊、RI1050地区を訪れました。訪問するまではイングランドというと「少しきざっぽい」という感覚があり(無知を露呈するようですが)、知人に説明する際にも「イギリスへ訪問する」と説明していました。そして、出発に近づき、イギリスの行政や歴史について事前に学ぶにつれ、国の正式名称のUnited Kingdom of Great Britain and Northern Ireland が示すとおり、イングランド、ウェールズ、スコットランド及び北アイルランドで構成される「大ブリテン・北アイルランド連合王国」であることを重視し、「イングランドへ訪問する」と説明するにいたりました。

私は土木職で大阪府に採用され、現在は道路環境課で「今後の道路の維持管理の方向性」について検討を行っています。そこで、社会資本の成熟したイングランドへの訪問は、私の現在の業務のヒントを得る絶好の機会であり、貪欲に学びに行ってまいりました。そして、GSEプログラムは単なる職業研修のみならず、ホームステイ及び現地ロータリアンとの現地施設見学も組み込まれており、彼らの仕事の進め方を表面的に知るだけでなく、仕事の進め方の背景を学び取るチャンスも与えられました。 以降、私のイングランドでのかけがえのない経験を紹介させていただきたいと思います。

研修準備期間

出発前に「やはり現地の人々とのコミュニケーションが重要」と考え、4ヶ月間英会話教室に通いました。地方公務員という職務上、英語を普段話す機会が業務上ないので、大学以来の脳の奥にしまってあった英語力を奮い立たせました。そして、日常会話OKの太鼓判を押されるレベルまでがんばり、GSEプログラムに臨みました。しかし、がんばる父親の姿に触発され、5歳の娘(当時まだ4歳)も英会話教室に通いはじめ、私の語学力アップ以上の収穫を得ることができました。 また、現地では各クラブの例会ごとに日本紹介のプレゼンテーションを行うことが決まっていましたので、出発前数回、団長の豊かな経験から滲み出る御指導のもと、全員で持ち時間20分のプレゼンテーション内容を練習いたしました。皆初対面で5人5色の個性を持ち合わせているにもかかわらず、意気投合し、出発前にフレンドリーな関係を作れたので、イングランドへの1ヶ月の研修に対する緊張感がかなり緩和されました。

英国の地勢等

英国の緯度は、樺太と同じくらいのところにロンドンが位置し、日本に比較して緯度が高く、寒くおもわれがちですが、西の方からメキシコ湾の暖流の影響で、比較的暖かく、われわれが訪れた9月中旬でも気温は20度程度でした。しかしながら、9月でも湿度が高く最高気温が30度くらいに達する大阪と比較すると肌寒く、われわれは到着後は長袖ですごしたのですが、ホストファミリーはみな半袖で過ごしていました。そのため、ホストファミリーの家で、夜に寒く、暖房設備のヒートオンをお願いすると、「なぜ?」「まだ9月だよ?」と不思議そうに返答されました。日本人は自然に体を合わせるのではなく、エアコンなどのエネルギー消費型施設にかなり体が慣らされすぎているなと少し反省いたしました。

英国と日本の時差は9時間(サマータイム時は8時間)。そこで、英国から家族に電話すると私の「おやすみ」のコールに対し、家族の返答は「おはよう」で、子どもたちはいつも困惑していました。そして、ホストファミリーとの楽しい歓談やロータリーの例会出席のため、そのおやすみコールの時間を逃すことが多く、9時間の時差がいたずらをして、こどもたちの声をなかなか聞くことができませんでした。

英国は日本のように海洋プレートが沈みこむ位置にないので、地震があまりない国であります。しかし、偶然われわれが訪れていた時期に地震が発生し、われわれにとってはあまり大したことのない揺れでしたが、英国紙では一面に取り上げられていました。日本では地震を「earthquake」と表現していますが、現地では(恐怖による)震え「tremor」と表現していました。地震国日本を改めて思い知らされました。

マンチェスターについて

マンチェスターは、産業発祥の地で、旧い街並みをイメージしていましたが、2002年にコモンウエルスゲームズ(大英帝国時代の国々が集まるスポーツ大会)が開かれ、またそれを契機とした街の再生が進み、沈滞した旧い街に新しい息吹が吹き込まれていました。新しい街なみを日本車が左側通行で走行していると、あたかも日本にいるような雰囲気でした。昨今大阪でも都市再生が盛んに言われていますが、既存施設と再開発をマッチングした雰囲気は、「都市の再生には、何がこの都市の価値で、どのように付加価値をつければよいかを十分考慮する必要がある」と訴えているようでした。

(写真―2:マンチェスター中心部)

マンチェスターは人口的にはロンドン、バーミンガムに次ぐ、イングランド第3の都市であります。英国では内陸都市が2、3位を占めています。日本では、東京圏、大阪圏、名古屋圏と河口の都市が並びますが、これにはイングランドのなだらかな丘陵とその地形を利用した運河網の開削の為であります。

ロンドンから北へバーミンガム、マンチェスターへは運河でつながり、また、それら大都市の周辺にはいくつもの運河が張り巡らされおり、マンチェスター周辺を車で移動する際いくつもの水路をみることができ、産業革命時、物流の中心が舟運であり、運河を介して都市が発達していった事をしのばせてくれました。(日本で運河といえば、河口部の河川と河川を結ぶ水路をイメージしますが、イングランドの運河は、都市と都市を結ぶ水路網を指す。)現在の物流の主役は、運河から道路となり、運河はナロウボートの運河クルーズに占有され、英国人のリクリエーションの場として、活用されていました。また、運河のあちらこちらに水位調節用のロック(閘門:淀川と旧淀川の接点の毛馬の閘門のような大規模なものではなく、人力でゲート調節する閘門)があり、都市から都市へ移動するには、イングランドがなだらかな地形とはいえ、かなりのロック越えをしないといけないので、「体力が十分必要」とホストファミリーが言っていました。さらに非常に大きな高低差がある水路を船で移動する場合、リフト(船のエレベーター)があります。私の趣味は河川観賞と自己紹介に書いていましたので、イングランドで観光用に再生された一番イングランドで古いリフト「アンダートン・リフト」へ、ホストファミリーが親切につれていっていただきました。

(写真―3:アンダートン・リフト)


(写真―4:GIVE WAY標識)

ホームステイの状況から感じたイングランド気質

1.support&polite(「保護と丁寧」、つまり「思いやりとやさしさ」:イングランド騎士道のマナーの基本)

イングランドの道路の交差点手前には「GIVE WAY」という標識が立っており、日本人が忘れかけている「道を譲る」というイングランド人の「思いやりとやさしさ」をこの標識に垣間見ることができました。イングランドの人々はハートフルにもてなしてくれて、ホスピタリティの必要性を感じました。そして、夫婦のあり方においても、お互いに尊重しあうということを自らの反省を踏まえて、感動いたしました。

また、家族愛もしかっりとしていて、どの部屋にも家族の写真が飾られており、私の家族にも興味をもってくれ、紹介すると、「ラブリー」といってもちあげてくれました。(そして、こどものおみやげにといって、たくさんのおみやげをいただきました。しかし、その結果、空港においてオーバーウエイトで危うく大変なお金を請求されるところでした。)

どのホストファミリーも私たちメンバーを楽しませてくれようとすることはもとより、自分たちも楽しもうという姿勢が自然で、英国人の豊かな一面をみることができました。

2.自然を大事にする心

この「GIVE WAY」マインド、「思いやりとやさしさ」の心は、滞在中のホームステイファミリーを通じ、私は甘受させていただきました。また、「思いやりとやさしさ」の心は、人間のみに向けられるものではなく、自然に対しても向けられていることを感じました。どこのホームステイ先も熱心にガーデニングが行われており、日本のように温帯多雨気候であれば、放っておいてもある程度、花は咲き乱れますが、イングランドは北緯50〜55度程度であり、きめ細かな手入れなしには花いっぱいのガーデニングは成立いたしません。そのことからも、イングランドの人々が自然を大切にし、自然に親しみ、自然を慈しみ、そして自然を愛する心を育む姿勢をみることができ、経済至上主義になりがちな土木技術者は見習わなければならないと感じました。

(写真―5:ガーデニングの様子)

3.古いものを大事にする一方、新しいもの好き

ホームステイを通じ、英国人は伝統や歴史あるものを非常に大切にするとともに、新しく生まれるものにも理解を示すことが感じられました。ホームステイ先の家の外観は、周辺の景観との調和を考え、どこも伝統的レンガブロックづくり(地震がない、保温効果、近くにある材料を利用する)ですが、家の中はどの家もパソコンが配備され、ハイテクを感じられました。また、食生活においても、イギリスはフィッシュアンドチップスといわれますが、ホームステイ先では野菜を使ったパイやラザニアなどイタリア料理も食べさせていただき、何もイギリス独特の料理にこだわりつづけているわけではありませんでした。

4.ホストファミリーあれこれ

大変お世話になった7軒のホストファミリーについて、非常に多くの思い出をいただきましたが、それぞれを詳しく記述しますと紙面がなくなりますので、以下に各ホストファミリーに謝辞を申し上げたいと思います。

1軒目:「conversation is necessary」「たえず笑顔」と異文化交流の基本を教えていただきありがとうございました。
2軒目:「わらしべ長者」のようになすことなすこと成功しておられ、人生は運に乗ることが必要ということを教えてくれてありがとうございました。
3軒目:リタイアしているのに、ゴルフのキャディをつとめてくれたり、ジャズに連れて行ってくれ、人生楽しむことを教えてくれてありがとうございました。
4軒目:レイクディストリクトまで連れていってくれ、イングランドの豊かな自然を体感させていただきありがとうございました。
5軒目:仲のよい4人家族の雰囲気を体験させていただき、家族の暖かさの必要性を教えてくれてありがとうございました。
6軒目:エルゴー、スコッチウイスキー、PFIなど文化や仕事のことを教授してくれてありがとうございました。
7軒目:同じ土木工学出身で、あたかも上司のように接してくれ、技術進歩は世界共有の財産であることを教えてくれてありがとうございました。

職業研修

1.イングランドの行政体系

イングランドの行政体系は、首都ロンドンには32のロンドン・バラとザ・シティが1つ存在し、それらを統括する都庁のようなものはなく、一層制となっています。また、メトロポリタン地域(都市部:マンチェスターやバーミンガムなど)も同様で一層制であり、私が訪れたグレーターマンチェスターもそれらを統括する組織はなく、10のMBC(metropolitan borough council)がそれぞれ自治を行っており、大阪府のような中間レベルの自治体は存在しない。また、ノン・メトロポリタン地域(非都市部)は2層制であり、私が訪ねたチェシャーカウンティは、中間レベルの自治体であり、その下にborough councilをいくつか掌握していました。

英国の基礎レベルの地方自治体は354(平均人口141千人)できわめて少ない。(ちなみにスウェーデンはもっと少なく289(平均人口31千人)一方、フランスは市町村数は36779(平均人口2千人)、ドイツ13854(平均人口6千人)でかなり多い。日本はその中間で3252市町村(平均人口39千人)。よく英国は地方自治の先進国といわれるが、数字でみるかぎり、理解しがたい。(数字でみるかぎり中央集権が強い。)しかし、イギリスは自治体の数は少ないものの、パリッシュという各教区単位の結束の固い自主組織があり、住民自治の側面は色濃く残っています。日本も市町村合併が全国で議論されていますが、事務の効率化の観点による自治体数の減少を考えるのみならず、草の根住民自治の現状、本来の自治のありかたを勘案し自治体の再編を考える必要があります。

(図―1:イングランドの行政割図)

2.道路管理体系

イギリスにおける行政上の道路の分類は、国(環境・交通・地域省が所管、ただし直轄道路の管理は道路庁)が直轄で管理する幹線道路、州または都市州が管理する道路、市町村が管理する道路に分けられ、また、道路法による補助行政上は、下図のとおりに分けられています。

(図−2 道路体系図)

(写真―6:高速道路(なんと無料!)

(写真―7:A道路)

3.維持の時代

イギリスにおいても、交通手段として、1950年代は、バス、鉄道、自家用車が同等であったが、モータリゼーションの結果、かなりの道路建設を行い、現在の主流は自家用車です。60年代からの道路整備が充実した現在、既設構造物の老朽化が進んでおり、建設市場において、新設と維持補修がほぼ同等となってきています。そこで、維持管理の手法を「損傷が著しくなるまで放置、最も損傷の激しい構造物から補修」とうい考え方から「重要性に応じて補修対象の構造物に優先順位をつける、損傷の軽い段階で手当てを施し、寿命を延ばす」という考え方へ転換し、きめ細かな維持管理の推進を掲げています。
(参考:維持管理を適切に施すと、以下の写真(1779年に建設された世界で一番古い鉄の橋「iron bridge」)のとおり、200年を越えても立派に鉄の橋を利用することができます。)

(写真―8:iron bridge)

4.戦略的な維持管理

今回の研修においてはいくつかの地方自治体の道路部局を訪問いたしました。ブレア政権のもと、ベストバリュー政策が進められ、国において戦略的な道路の維持管理の方向性が「delivering best value in highway maintenance」にとりまとめられ、その中に、戦略として、施設の調査、記録、現状分析、補修の優先順位付け、維持管理計画の作成などの一連の作業をマネージメントし、システム化する道路施設アセットマネージメントシステムの構築が記載されており、各自治体はそのシステムを構築していました。そこで、各自治体とも上述のベストバリュー政策のもと、システムを駆使し、5ヵ年先までの道路関係予算を公表(各自治体とも5ヵ年計画の策定が義務づけられており、毎年国に指標の達成状況を管理され、その達成状況に基づき補助金が決定される。)しており、非常に感銘を受けるとともに、維持業務の進め方において、5、6年日本は遅れをとっていることを痛感いたしました。各自治体とも膨大な延長を管理しており、どのように将来予算を算出できたのかに関心事があり、そのプロセスを学びました。



(図−3 5ヵ年計画書と予算計画)

そのプロセスは各自治体の道路部局のインスペクターと呼ばれる道路調査のプロ集団(技術公務員)がまず管理施設の現状調査を行い、各施設維持に係るトータルコストを考慮(概ね50年程度の施設維持期間を見据え、損傷を受けた施設を今更新するのがよいか、あるいはきめ細かな補修を一定期間ごとに続け、施設を延命化させるのがよいかを判断)したうえ、橋梁、舗装等道路施設ごとに各年必要予算についてコンピューターを駆使し算出していました。また現状における道路コンディションをパソコン画面の地図上で見ることが可能なシステム(GISシステム)をすでに構築し「どこの道路が補修必要か」、また道路コンディションと各区間交通量・事故発生地点等のデータと関連づけ「どこの道路が改良必要か」等をそのシステムを用い瞬時に判断し、工事のプライオリティをつけていました(日本のように一定シーリングによる予算要望を行っていない!)。IT技術を駆使した先駆的な道路の維持プロセスについては、早急に導入する必要性を感じました。

(図―4:改良必要箇所がわかるパソコン画面)

しかしながら、そのためには、
・管理施設のデータ整備
・調査マニュアル整備
・職員の調査点検に対するスキルアップ
・劣化判定マニュアル整備
・維持補修タイミングの決定に対する知見
などが整備されているからこそ可能なのであり、先ず施設の現状をしっかりと見るという、(臨床医学のように)臨床土木的なアプローチから作業着手する必要を感じました。

また、IT技術を駆使して計画策定を行うのみならず、plan-do-see(計画―執行―評価)の考え方も導入し、計画が達成されているかどうか、「事故を何割減らす」などの明確なアウトカム(成果)指標も打ち出し、事業評価を行っていました。さらに、限られた予算を効果的に執行するため、組織面において、最適な投資計画を行うため、アセットマネージメントグループを設けるなど土木組織の中に金融工学的な面も取り入れていました。これらの事象は我々の組織においても現在進行形で考えていることであり、それを目の当たりにすることができ、ぼんやりとしていた将来の維持管理業務の姿をみることができました。

5.イングランド道路あれこれ

イングランドの道路で、一部日本でも取り組んでいるものもありますが、特筆すべき工夫をいくつか紹介すると、下記のとおりであります。社会がグローバル化するなか、あらゆる解決に向けた情報収集は、国内のみならずワールドワイドにアンテナをたてなけらばならない、と考えられます。
・照明灯にフラワーアレンジを行い、花いっぱい道路を演出。
・ごみ収集日に家庭ごみを路上にビニール袋ではなく、統一したきれいなごみboxで出すこと。(ごみが散乱しないし、見た目にきれい!)
・ボンエルフ(ジグザグ運転させる道路線形)、バンプ(路上に凸凹を設ける)などにより、スピードを落とさせる工夫を多用していること。

(写真―8:ボンエルフ)
・こどもの安全のため通学路における横断歩道にスクールクロッシングパトロールという警備員(日本でいう緑のおばさん)を配置。
・パークアンドライドシステム(郊外に駐車場を配備し、都心部へは公共交通に乗り換えて流入させるシステム)、トラム(郊外では軌道を走り、都心では路面電車)の整備等により、都心部の交通抑制に努力。

6.マネージメントの重要性

マネージメントは企業経営において「いかにプロフィットをあげるか」のために用いられる手法と考えがちですが、私が訪ねたイングランドの道路部局では、住民サービス向上のために、しっかりと道路維持業務がマネージメントされていました。常に業務遂行上、「われわれの業務は何か、何であるべきか」、「目標は何か、優先度の高いものは何か、何であるべきか」「予算や組織などの資源をいかに配分すべきか」などを常に意識し業務を遂行しなければならない、と思いました。
 
おわりに

より高次の見識を得るためには、自己研鑽に努め、自身のポテンシャルをあげるとともに、常に自分自身のアンテナを高くあげていくことが必要であります。

この研修において、異文化交流により、かけがえのない多くの知的、人的財産を得ることだでき、自分のポテンシャル、また世界に向けたアンテナを取得することができ、非常に有意であったとともに、今後の私の人生において活用させていきたいと思います。本当にありがとうございました。