(北野病院勤務、大阪梅田RC推薦)
皆さんこんばんは、現在北野病院中央手術部に勤務しております小田ひかると申します。
このたびは、このような席にお招きいただき本当にありがとうございました。
医療やエイズをはじめ世界でもさまざまな医療問題が報じられている中、最先端をいっているといわれているアメリカ医療は、私たち看護婦にとっては興味深く、だれもが一度は覗いて見たいと思っていることの一つです。
そんな折り、北野病院院長からこの話をうかがった時は、即座に行きますと希望しました。それがこのプログラム入りの最初です。
留学経験は勿論、海外旅行もしたこともなかった私にとって、GSEプログラムは、まさにかなわぬ夢が実現したとゆうべきでしょうか、忘れえぬものとなりました。
私は、職業研修として12ケ所の病院や診療所、老人ホームを訪問しました。
日本との違いの一つは、やはり入院期間と言うことです。以前に行かれたGSEチームメンバーである杉野さんも帰国報告で言われていましたが、周知の通りアメリカは保険問題で入院には生活を揺るがす程莫大な費用がかかります。出産入院最高でも2日か3日、大手術でも特別な事がないかぎり2週間だそうです。驚いたことに全身麻酔の必要な患者でも入院が手術日という患者を多く見ました。リンカーンにありましたブライアン・メモリアル病院では、このような患者のための準備室が、確実に整えられていました。プライバシーの保護から精神安定にいたるまで、医師と看護婦その他専門家が、患者さんに付添い、ケアがほどこされていました。
オハマにあったチルドレン病院の産科病棟では、正常出産で最高1日だそうです。すぐに家に戻れる環境づくりがもたれていました。出産後はただちに、母子共々に行動させられます。授乳、入浴など子供の全ての世話を24時問以内に母親に指導するシステムは日本では、考えられないことでした。もっとも驚いたことは、医療者側は勿論、患者側もこういったシステムを納得しているという事でした。
私が考えたことは、実際に身体が対応できるのか、不安ではないのか、お金に問題があっても病院で過ごすことを思わないのかと言うことでした。
ヨークという所で、ホストファミリーとディスカッションの機会に問いかけました。すると、「お金も大きな問題ですが、現在の医学は目覚ましい発展を遂げていますし、とても信用できます。自分の考えでは、家庭で過ごすほうが病院で過ごすより心地いい」と言うことでした。ここ数年医療の現場で言われているクオリティライフという言葉が頭に浮かびました。
ガン告知を受けた患者と同様に、自分の生活とはなにか、今自分がなにをすべきかを考える人がここにいると肌で感じた出来事でした。
又どの病院でもボランティアの活動が活発で、患者や医療従事者の助けになっていることも知りました。
リンカーンでは、教会で会った牧師でもあり、ロータリアンでもあるビル・パルマンさんという方が翌日、私が研修にいったブライアンメモリアル病院でボランティアとして活動しておられました。
老人ホームや老人用のアパートの見学では、発達する医療の中で増加する老人問題について日本とまったく同じ問題を持っていることも知りました。歴史や文化の違いはあっても同じような問題を抱えながら生きているのだと感じました。
私達は、4週間に12家庭にホームステイしました。ほとんがが二泊で不十分な英会話能力しか持っていなかった私は、その家庭の深い所を知ることが出来ませんでしたが、ミッドウエストのこれだけ多くの家庭にホームステイ出来たことは後になって貴重な体験をしたことに気づきました。
アメリカはイギリスから独立した国です。歴史が浅いためにホームステイ先のファミリー達は自分の祖先を良く知っていました。そして自信を持って話をしてくれます。何もなかったこの地に、畑を耕し、生活をはじめ、家族をつくり、町をそして国をつくって来たのです。
ヨークのリークナイさんは、ディスカッションにきた機会にこう言いました。「移民として何も無かったこの地に生活をはじめ、これだけのものをえて生活できるようになったのは、周囲にいる家族と町の人達の協力があったからだと思います。それゆえに、やさしく、親切に出来ることが、自分の誇りです。そしてここに生まれ、何をしようが、何処へいこうが、何を言おうがまったく自由であることが、アメリカ人の誇りです」。
このミッドウエストをおとづれたからこそ知りえた本当のアメリカがここにあることを感じました。
3日毎に町を移動するなかで、私達は、16のロータリークラブの例会に出席しました。プレゼンテーションでは、自己紹介スライドを披露しました。各メンバーの仕事や生活、家族に興味を抱いてくれて、アメリカでは見ることのできない生活や文化を完壁とまでとはいえませんけれど、伝えられたのではと思います。
日本の位置さえ知らなかった人が、真剣に見入ってくれて、例会終了後に質問に来てくれたことも大いに文化交流になったのではないでしょうか。
英会話が通じず、自分の言いたいことが伝えられなくて、例会に隣に座ったロータリアンと一言も話せず終了したことなど、強硬な毎日は、私にとって苦痛の時もありました。 しかしそんな私にアメリカのロータリアンの方々は、いろいろなアメリカ文化を伝えてくれました。教会のミサ、プロテスタントの歴史的な結婚式、自然に育つバッファロー、州議会、イースターディナー、手術室見学、セスナ機での飛行、一生かかっても出来そうもない経験をさせてくれたのです。
研修の中で、私はまさか手術室に入ることなど出来ないと考えていました。ところが、ほとんどの病院で簡単に入室出来たのです。
私が、この感動を奥田団長に伝えると、団長は一言、それがロータリーなんやでと答えられました。行く前に全くロータリーのことも理解せずに過ごしてきた一年間、私にこの一言は大きな衝撃であり、この時はじめてロータリーがなんなのか知ったような気持ちになりました。私は、ロータリーのGSEプログラムに参加したことによって、多くの人達と出会うことが出来ました。奥田団長とメンバーの人達、沢山のロータリアンの方々、その家族、この出会いこそがロータリーのめざすものではないかと理解しました。はじめての出会いからお互いに知り合い意見を交わしあって深めていくこと、このふれあうことが、GSEプログラムの第一歩だと信じます。今回のGSEプログラム参加は、私の将来に大きな影響を及ぼすのではないかと思っています。すばらしい経験をあたえてくれた国際ロータリー、私を推薦してスポンサークラブの大阪梅田ロータリークラブをはじめ、第2660地区の全ロータリアンの方々、最終日に至るまで私達を支え、見守りご指導してくださった奥田団長に心から感謝致します。
ありがとうございました。