『南の風』アーカンソーを訪ねて
阪上 光
(八尾中央RC推薦、(株)アイエスアイ取締役)
4週間にわたるアーカンソーでのGSEプログラムを終えて、このプロジェクトに関わってくださったすべての方々への感謝で胸がいっぱいです。GSEに参加させていただくまで、RIの活動については何も知りませんでしたが、人々の奉仕と高いモラルによって国際親善と平和に貢献するという超我の精神が、世界的に実を結んでいることを体験できたことは大きな驚きであるとともに、喜びでした。私たちに、この有意義で決して忘れることのできない素晴らしい数々の経験を与えてくださった国際ロータリーの皆様に心からお礼を申し上げます。
白や黄色、サーモンピンクのペンキで塗られた家々は、19世紀の面影を残し、南部の懐かしい香りが漂っています。人々はフレンドリーで、人や車がすれ違う時、挨拶をしたり手を振ったりします。知らない人同士が笑顔を交わし、お互いに関心を示し、相手のことを思いやる、そんな姿を見て驚いている自分にはっとさせられました。サザン・ホスピタリティーといわれる人々の心暖かなもてなしは、忙しい都会生活で忘れてしまった大切なものを思い出させてくれるようです。
首都リトルロックは、アーカンソーNo.1の都会。といっても中心地に高層ビルが5つ6つ見える程度のこじんまりした街ですが、アーカンソーの他の地域を見た後では文句無しに大都会です。人口の30%弱が黒人で、青少年ギャングによる犯罪の増加等を嫌う白人が街を離れるホワイトフライト現象により、ドーナツ化が進んでいるのだと、政府観光局に勤める日本人女性が話してくれました。これを阻止し、治安の回復を図り、人々を呼び込むために、現在街のいたるところでリニューアルが進められていて、トロリーバスの運行やクリントン大統領の図書館建設などを目玉に観光客誘致にも力を入れているということです。
アーカンソーとは「南風」を意味することばで、アーカンソー原住民族のことを別のインディアンがこう呼んだのが起源だそうです。アーカンソーの第一印象は「緑豊かな土地」で、都会でもいたるところで自然の香りを感じることができます。日本の本州の6割程度の広さで、半分が森林に覆われ、深い谷と丘、河と湖、肥沃なデルタ地帯に彩られた自然の宝箱とでもいえるようなこの土地に、大阪市と同じくらいの人口が生活しているだけなのですからなんと贅沢なことでしょう。
RC訪問は今回の活動の中心でした。早朝、昼食あわせて18のRC例会でプレゼンテーションをし、地区大会にも出席させていただきました。ビデオ自己紹介を作成していったのは大正解で、百聞は一見にしかず、非常にわかりやすいと好評でした。一人当たりの持ち時間が3分で、最後にみんなで「ふるさと」を歌うという構成でしたが、ほとんど毎日プレゼンをしたので最後にはみんな他のメンバーの自己紹介までそっくり覚えてしまう程になりました。例会以外にRC主催のホームパーティーやディナーレセプションが8回をありました。こちらはリラックスした雰囲気でいろんな方とお話ができ、とても楽しく過ごせました。思えば私のような未熟なものが、社会的地位も高く大きなお仕事をされている方々とファーストネームで呼び合い親しくお話しできたことは、RCならではの貴重な経験でした。RCの親善大使として沢山のクラブを訪問でき、多くの歓迎を受けられましたことを、心から光栄に思い感謝しています。
職業研修では、マーケティング会社、銀行、書店、デパート、スーパーマーケット、情報サービス会社、消防署などを訪問させていただきました。
◇ 「ブライボーのあの本屋」
その中でも特に興味深かった、人口22,000人の小さな街で大きな成功を収めている書店のマーケティングについて報告したいと思います。その名も「ブライボーのあの本屋」というこの書店のネーミングは、6ヶ月間あれこれとブレーンストーミングをした結果、人々がこの店をそう呼んでいることに気づいて決定したそうですが、業界では非常にマーケティング的な名前だと評判らしいです。
1)ユニークなマーケティング
この書店のもっともユニークな点は、毎月作家を招いて、サイン会を催していることです。サイン入の本はこの書店の目玉商品になっていて、サイン本をコレクションする会員も募集しています。現在は全米からベストセラー作家や受賞作家も含めて、毎月4〜5人の作家がこの店やってきます。月1回発行のニューズレターで顧客に作家の来店予定を知らせます。オーナーによると、ニューズレターは、田舎街でもこんなに頑張っていることをアピールするため、都会向けにも発送するのだそうです。インターネット・サイトもあり、ギフトラッピングやワールド・ワイド・シッピングも受け付けています。
2)顧客データベースの活用とロイヤルティプログラム
書店用のアプリケーションソフトを使って、顧客情報、購買履歴、好きなジャンル、過去の累計、月間平均金額、家族状況、家族の購入履歴を管理しています。現在顧客データは8,000人。このデータを活用して、例えば顧客の代わりに、母の日のプレゼントに母親が好きなジャンルの本を選びカードをつけて送るといったパーソナル・サービスを実施しています。また、100ドル買う毎に、10ドルがクレジットされていくというフレクエント・バイヤー・プログラムも実施し利用促進を図っています。
3)社会への貢献
前述のクレジット金額を『ブック・エンジェル・プログラム』というこの店の福祉活動に寄付する顧客が多いと聞きました。これはエンジェルの形に切り抜いた白い紙に、貧しい子供たちの名前・年齢・性別を書いてクリスマスツリーに吊るし、学校・教会・地元グループなどを通じて本をプレゼントするというものです。子供たちはそれまで自分の本というものを持ったことがないので、頬ずりし宝物のようにたいせつにするということです。この書店が始めたこの活動は、多くのボランティアにも支えられ、現在ではカウンティ中の書店で推進されています。
4)イベント
その他、市民団体や議会も巻き込んで、学校と協力して児童文学や童話作家の学校訪問や朗読会を実施したり、児童文学作家のイベントのためのスポンサーもしています。さまざまな文化・芸術活動のインキュベーターとしての役割も担っており、毎月店内ではランチパーティーや朗読会・コンサートなどを実施、街の人々の憩いの場にもなっています。
5)感想
アメリカにおけるマーケティングと企業がいかに社会に貢献するかということに興味をもっていた私にとっては、その双方において成功しているこの書店のケースは大変興味深いものでした。着実に顧客データベースを構築・活用し、ユニークなマーケティング戦略を実施する一方で、地域に根差した社会活動を一種の使命感を持って推し進めている女性オーナーの姿がとても印象的でした。小さな書店の取組みが、顧客も地域社会をも巻き込んだ大きなムーブメントになって、人々の関心を教育や、恵まれない子供たちへの学習機会の創造へと向けています。このオーナーを市長にと人々が推薦しているのを聞き、ビジネスと社会貢献と個人の生きる姿勢がひとつとなって人々の信頼を集めていることに大きな感銘を受けました。
◇さまざまな会社訪問
1)マーケティング会社「マックナブ&バレ」の社長訪問・・・SP制作の業務の流れと各担当の責任範囲について学びました。
2)「アーカンソー・ステイト・バンク」の頭取訪問・・・アメリカの金融業界について丁寧に説明していただくとともに、業界再編により今後ますます競争が激化していく中で、パーソナル・カスタマー・サービスがリテール戦略の柱となること、クレジットカード発行に関するお話では、セキュリティと徹底したプライバシー保護について聞かせていただきました。
3)アメリカで第3位のデパートチェーン「ディラーズ」のバイヤー訪問・・・バイヤーの職階と責任範囲について、またカタログ戦略についてもお話を伺うことができました。
4)「ウォルマート」の物流センター・・・ホストファミリーのアレンジで見学させていただきましたが、全米でも最大規模の物流センターで、バーコードとハンディスキャナー、ベルトコンベアで140もの店舗に向けて翌日配送を可能にする物流システムは大変興味深く、参考になりました。
5)大手の情報サービス会社「ALLTEL」の本社訪問・・・アーカンソーで現在最も急成長を遂げている会社ですが、これもホストファミリーによって訪問可能になりました。ホストの娘婿にあたる方が国際金融部門の責任者で、時間外の訪問を許され、業務についての説明を受けました。
◇ まとめ
訪問先の皆様方や職業研修に最後まで臨機応変に対応をしてくださったコーディネーターの方々や、新たに機会を与えてくださったホストファミリーの皆様のご好意により、たいへん意義深い職業研修になりましたことを、改めて感謝いたします。帰国後、何名かの方からEメールをいただき、GSEならではの深いつながりができたことを実感し、これからもこのようなお付き合いを大切にしていきたいと思っています。
私の反省点としては、自己紹介文にこそ,GSE参加の具体的な目的を書いておくべきだったということがあげられます。今後このプログラムに参加される方には、自己紹介に職業研修の具体的希望を書いておかれることをお勧めします。というのは、自己紹介はコーディネーターの方もホスト家庭の方も間違いなく読んで下さいます。そしてたいへん有り難いことに、関わってくださったすべての人が自分にできることがあればなんでもしてあげようと思ってくださっているからです。
一般研修は教育、医療、産業、文化と幅広い分野にわたっており、それぞれに専門的かつ興味深いものでした。主な訪問先は、幼稚園、小・中・高校、大学。病院、療養院。州議事堂、市役所、警察署、消防署、郵便局。TV局、ラジオ局、新聞社。劇場、会議場。教会、葬儀場。ダム、天然ガスプラント、農場、いちご農園、椎茸栽培センター、雌牛プロジェクトセンター。工場見学では、銃、洗濯機、ベルトコンベア、食肉包装材、カラーテレビ。トラック輸送会社。
この中で特に印象に残ったのは、医療の分野でした。たくさんの企業や団体からの寄付がその経営を支えていることと、ボランティアの働きが欠かせないものであるということでした。各病院の廊下の壁には寄付者のネームプレートが所狭しと掛けられていました。ナーシングホームでは職員以外に100人以上のボランティアが庭の水やり、患者の話し相手や歌の奉仕などをして支えているということです。
最初のホストのお父さんが危篤で、その延命治療について家族の間でも結論が出ないのだと聞いていた私にとって、ホスピスについてのプレゼンテーションは特に興味深いものでした。人は、いかに生きるかを選ぶ権利があるのと同様に、いかに死ぬかを選ぶ権利がある。<死を人生の一部分として受け入れる>ことはキリスト教的な死生観に基づけば、比較的容易であるかもしれません。余命6ヶ月以下の末期的な患者が、「自分の家」で尊厳ある死を迎えられるよう、医師、看護婦、セラピスト、ボランティアが、患者とその家族をサポートするのがホスピスの概念です。ボランティアは決して患者を一人にせず、患者と家族の必要をいつも考えるのです。患者と家族の仲間として、介護者が食事や買い物などの自由な時間を持てるように患者の世話をすることはもちろん、本を読んだり、手紙を書いたり、話し相手になったり、ただ、そばにいて手を握っていたり、子供や孫の世話もします。そして患者が亡くなった後も家族を訪問したり電話をして励ましつづけるのです。このようにホスピスケアにおけるボランティアの働きは大変重要です。アメリカでは50%以上の人が何らかの形で社会貢献に関わ っているということですが、日本でこのすばらしいホスピスのしくみを広げるためには、日本のボランティア活動をもっと成熟させる環境が必要だと思いました。
その他RIならではの特別な経験をいくつか紹介しておきます。
1)地元のケーブルテレビに出演
サーシーで開かれたホームパーティでTV局が来て私たちGSEグループのインタビューがオンエアされました。
2)警察署&パトロール体験
サーシーではホストの警察署長に連れられて、警察署内をくまなく見学。リトルロックではパトカー搭乗を経験。4時間ほどの間、ライフルを持った警官と一緒にパトロールしたのですが、本署から現場へ急行の指示が入るたびドキドキしました。幸いにして深刻な事件には遭遇しなかったのですが、青少年ギャングへの警戒感はかなり強いようでした。夕食は一緒にハンバーガーを。やはり映画と同じなんだなと妙に感心したものです。途中、監獄も見学させてもらいましたが、囚人と同じ部屋に入るのは警官が一緒とは言え、やはり恐かったです。前日の新聞を騒がせた殺人犯が目の前の独房に入っているのを見て、こんなに平和そうに見えるアーカンソーでさえ、多発する犯罪にダウンタウン離れが進んでいるという話を思い出し、私たちが直接目にしなかった別の現実を認識した思いでした。
3)消防署&はしご車で空へ
取扱業務のひとつとして、当社が消防士をテーマにしたカジュアルショップを経営していることから、リトルロックの消防署長を訪問し、署内を見学させていただくとともに、最新の消防車の装備について説明を受けました。また、サーシーの消防署では実際にはしご車に乗せて最上まで上げていただきました。
4)アーカンソー州知事訪問
州知事訪問では、一人一人の名前入りの旅行者証をいただきました。知事に日本からのお土産のはっぴを着てもらい記念撮影をするという快挙を成し遂げました。
ホームステイの経験がこれほど素晴らしいとは思ってもみませんでした。4週間で8家庭を移動し、一つの家庭で3日か4日しか過ごせないので、お互いを知り合う時間も、親しくなる暇も無いだろうと考えていました。ところが、人はほんの短い瞬間にもこれほど深く心を通わせることができるのかと不思議に思うほど、私にとってホストファミリーは大切な人々になりました。
アーカンソーに到着した翌朝、GSEチェアマンのケンが私のアメリカンネームに「KARI」という名をつけてくれました。この名はその後行く先々でコミュニケーションを容易にしてくれました。8つのホストファミリーはバラエティ豊かで、牧場主兼証券トレーダー、警察署長、画家、心理療法士、牧師、保険代理店、プライベート空港経営、銀行家など、その職業も人生経験も多彩でした。
はじめてのホームステイを迎える日にはどんなことが起きるのか少しドキドキしましたが、最初のホストが日本語で自己紹介してくれたことでとてもリラックスしました。それぞれのホストファミリーは限られた時間の中で最高の経験をさせてあげようと心を配ってくれました。いろんな場所へ連れて行き、いろんな人に出会わせ、素晴らしい思い出をつくるためにできることはなんでもしてくれました。
いくつかのファミリーは、典型的なアメリカのパーティーと会話・ジョークを経験し、英語の勉強ができるようにと、友人を招いてホームパーティを催してくれました。到着した瞬間から旅立つときまでをビデオにとってメッセージと共に贈ってくれた方や、『決して忘れない』と書かれた写真立てに一緒に撮った写真を入れてプレゼントしてくれた方、「家族の一員として、したいことはなんでもさせてあげるけど、手紙だけは必ず書くんだよ。」といって、家族だけの秘密の合い言葉を教えてくれた方もありました。ある家庭では、私たちが到着する直前から夫人のお父さんが危篤状態で深刻な状況だったにもかかわらず、滞在中は気を遣わせないように、疲れさせないように、また思い切り楽しめるようにと至れり尽くせりの心遣いをしてくれました。
ホストの皆さんと一緒に過ごした時間や優しいことばを思い出すたびに胸が熱くなります。アーカンソー・チームの人達も、誰のホストが一番かを話し合っては結局みんな自分のホストが一番だと思っていると言っていましたが、間違いなく、私は私のホストが一番だと信じています。アーカンソーで過ごしたホストファミリーとの思い出はこれからもずっと私の宝物となることでしょう。
ロータリアンの家庭へのホームステイを通して感じたことは、とにかく家庭や家族との時間を大切にしているということでした。仕事は定時に切り上げ夕食は家族と楽しむのが基本。テーブルセッティングを手伝うことはもちろん、後片付けはほとんどの家庭でご主人の仕事でした。ご夫婦や家族の会話の中にお互いへの関心の深さが感じられ、スキンシップの多さにも感情表現の違いを感じました。初めてのホストファミリーで、夫人が私の身体に触れるたびに「あ、ごめんなさい」というので、「ぜんぜんかまわないから気にしないで」というと彼女は驚いて、友人から「日本人は触れられるのをとても嫌がるから気をつけるように」と言われたと教えてくれました。確かに日本では幼稚園までの子供と親、そして若いカップルの間にしかスキンシップは存在しないかもしれません。でも、彼らと生活をともにする中で、喜びや悲しみ、感動を分かち合うときスキンシップは重要なコミュニケーションの手段だと思いました。
日本と違い、サマータイムの期間は夜9時ごろまでは十分明るいので、夕食前には広々とした裏庭に腰掛けて、4〜5メートルもある木々を訪れる鳥やリスを眺めながらゆったり時を過ごせました。裏庭に出るだけでたっぷりと自然が楽しめるのは羨ましい限りです。また、改めて思い起こすと、どこの家庭も、正面玄関を使った記憶がほとんどありません。交通機関としての電車がなく、バスも中流階級以上の人はほとんど使わないといわれる車中心の生活であれば当然のことですが、ガレージに隣接した勝手口が日常の出入り口になります。どこの家の玄関もリースや旗などおしゃれなデコレーションが施してあり、きれいに飾られた「開かずの扉」のようでした。
羨ましいと言えば、 あちらではセントラルエアーコンディショニングは当たり前ですが、電気代はとても安く、夏のピーク時でも300ドル程度とか。1階建てとはいえ、100坪はありそうな家ですから、おそらく電気代は日本の5分の1以下でしょうか。日本で普及しないのは無理もないと思いました。
ホスト家庭やRCのレセプションとして、滞在中に7回のホームパーティーを経験しました。ほとんどが”カジュアルなパーティー”ということでしたが、原則的にはホストはドレスダウンしてゲストに気を遣わせないようにし、ゲストはカジュアルといわれてもある程度のおめかしをしていくということでした。屋外でするバーベキューパーティーやフィッシュフライは、男性が調理し、屋内でのポットラックパーティー、ディナーパーティーなどは女性が担当するとのこと。ポットラックパーティーとは持ち寄りパーティーのことですが、帰るときには、自分が持ってきたお料理とは違うものを持ち帰っていいそうです。お料理の準備ができるまで飲み物を飲みながらいろんな人とおしゃべりを楽しむのですが、この時間は私にとってたくさんの初対面の人と出会い、話す訓練の時でもありました。
アーカンソーの食べ物について、一番の名物はフライド・キャットフィッシュ(なまずのフライ)で、フィッシュフライ・パーティーの主役でもあります。決め手はフライドチキンのようなスパイスの配合にあるとのことです。パーティーでポピュラーなのはポーク・バーベキューで薄くスライスして食べます。とうもろこしからつくられたグリッツも南部ならではの食べ物で、イタリア料理のリゾットのような味がします。全米でも有数の米の産地であるアーカンソーでは、ごはんも常連としてRCのビュッフェには必ず並んでいます。長粒種でシチューのようなブラウンソースをかけて食べることが多いようです。珍しいところではピクルスの天ぷら。酸味が効いてとてもおいしかったです。たっぷりのスライスオニオンとお酢を使った魚やチキンのオーブン料理もあっさりとしてヘルシーな味でした。デザートはやはり超スイートなケーキが主流です。はじめの頃は食べられませんでしたが、だんだん慣れてきて、帰る頃にはすっかり太ってしまいました。
アーカンソーの休日の過ごし方のランキングは、さすがに『ナチュラルステイト』といわれるだけあって、魚釣り、狩猟、ハイキングが上位3位を占めています。
私が体験した中でのハイライトは、サーシーで自家用飛行機に乗って湖や森の上を飛んだことです。水平飛行では少し操縦もさせてもらいました。着陸時に2匹の鹿が滑走路を横切り、ひやりとしましたがこれもアーカンソーならではの思い出になりました。ヒーバー・スプリングスのホスト家庭では馬や、ろば、山羊と一緒に遊びました。牧場の中を散歩し、夕暮れまで崖の上から眺めた美しい湖の景色は忘れることができません。オシオラではメンバーのホストの一人がゴルフに招待してくださいました。日本では経験できない平坦で乾燥したグリーンが印象的でした。
リトルロックでは、ちょうど夏の始まりを告げるお祭り、リバーフェストが開催されていました。ホストファミリーと一緒にキルティングの大きな敷物を持って川岸の芝生に陣取り、シンフォニーや花火を楽しみました。また週末には、家族の豪華別荘があるホット・スプリングスの湖で水中バレーボールやボート、水上スキーならぬチューブ・ライディング(モーターボートにつながれた浮き袋にしがみついている)にもチャレンジしました。ホストの娘さんご夫妻やお孫さんたちまで、みんなで遊んだ休日はホームステイならではの最高の思い出です。
RIのプランによる乗馬は美しい森の中や湖のほとりを走れて爽快でした。また、途中のロッジでバーベキューもしました。ここでは焼いたマシュマロをクラッカーに挟んで食べたのですが、冗談ではなく、これはバーベキューの立派なメニューのひとつだということです。
もうひとつのハイライトは大リーグの野球観戦です。試合は応援していたカーディナルスの圧勝、ホームラン、バント、ヒットエンドランにファインプレー、スタンドにバットが飛び込むちょっとしたアクシデントまで、見ごたえ十分の試合でした。往復10時間以上も運転して私たちをセントルイスまで連れていってくれたGSEチェアマンのケン、本当にありがとうございました。
メンフィスの観光名所エルビス・プレスリーの家、グレースランドは世界中からの観光客でにぎわっていました。私は個人的に連れていってもらったメンフィスのビル・ストリートが最高に気に入りました。「ブルースの家」と呼ばれるこの通りにはBB・キングのお店もあって深夜まで賑わいを見せており、ミシシッピ川に架かる橋一つ隔てたアーカンソーのウェスト・メンフィスの静けさとは対照的で、まるで別世界のようでした。
出発前のオリエンテーションで南部訛りについては聞いていましたが、ヒアリングにかなり苦労をしたのはそのせいばかりではありませんでした。ちょっとしたジョークがわからなかったり、最後の一言が理解できない為にどう反応していいかわからなかったり、あとで他のメンバーの助けを借りてやっと理解できるというようなこともたびたびでした。何よりももどかしかったのは、いろんな方々に親切にされたとき、感謝の気持ちをもっと表現したいのに同じ言葉しか思いつかないことでした。私の英語力がもうすこしあれば、この旅は何倍も楽しかっただろうと思うと不勉強への後悔はしきりでした。幸いなことに、職業研修では、自分の興味対象がはっきりしていること、一方的な説明ではなく質疑応答が中心になることから、知らない言葉でもある程度類推でき、比較的問題は少ないようでした。さまざまな場所を訪問した中でも、ダムや、天然ガスプラントなど、テクニカルタームの多い場所では何がなんだかさっぱりでした。すっかり気落ちして帰ってきた私に、「ダムの説明なんてアメリカ人が聞いても皆目わからないんだから気にすることはないよ」とホストが励ましてくれました。時には、 他の人が英語でしゃっべったことをホストが英語で通訳してくれるという不思議な関係が出来あがり、言葉の問題は一方ではホストと私の絆を深くしてくれたようでした。それでもわからなくて、とりあえずのわかったふりも数え切れません。にもかかわらず、こんなにたくさんの楽しい思い出を共有できたことはこのプログラムの素晴らしさを物語っていると思います。
帰国後、ホストファミリーやお世話になった方々からEメールをいただきました。手紙を書くのに一苦労している間に、Eメールの交換はいとも簡単に進んでいきます。翌日には返事が受け取れ、飛行機で十数時間もの距離を隔てているとはとても思えないくらい、相手が身近に感じられます。海外にホストファミリーのような大切なお友達ができた今、この新しいコミュニケーションツールの価値を改めて見直しています。
アーカンソーで、いったい何人のロータリアンの方々に出会い、何人の方が直接このプログラムに関わって下さったのだろうと考えてみました。例会だけでも1200〜1300人のロータリアンに出会ったでしょう。チーム全体のホストファミリーだけでも80人はいます。一般研修、職業研修の同行からA地点からB地点へのトランスポーテーション。さまざまな企画のアレンジと実行。日本でのGSEパーティーで「手に手、輪に輪」と歌ったように、私たちGSEチームはリトルロックに着いた最初の日から、何百人もの人々の手から手へと渡されて、それぞれの場所でそれぞれの人から最上級の心のこもったおもてなしを受け、その輪の中で再びリトルロックに戻されたのです。こんなに大勢の方の無償の奉仕を経験できる素晴らしい旅がほかにあるでしょうか。アーカンソーで出会ったお一人お一人に、数々のいたらぬ点をカバーしてくださった、野村団長、庄村さん、佐藤さん、金重さんに、そしてこの機会を与えてくださったGSE委員会の皆様に改めて心から感謝申し上げます。