菅井 朗夫(守口市総務部契約課)蜷川 善夫(大阪府総務部人事課)
河村 浩一(大阪市総務局行政部文書課)
今回のGSE研修の目的は、「行政改革に成功した国」として有名なニュージーランド(NZ)の行政改革の実態を調査研究することでした。そのため、団員はすべて地方公務員であり、3人が事務職員、1人が技術職員でした。このレポートは、私たち3人の事務職員が学んだNZの行政改革の実態について共同執筆するものです。
NZは北島と南島からなる島国で、その面積は、日本から四国と九州を除いたくらいの広さで、人口は約350万人です。
今回私たちが訪問したのは、南島の南半分にあたる地域で、調査研究のため訪問したのは、
・ダニーデン市役所(City Council)
・インバーカーゴ市役所(City Council)
・オアマル市役所(District Council)
・ティマル市役所(District Council)
・セントラル・オタゴ市役所(District Council)
・ゴア市役所(District Council)
・サウスランド県庁(Regional Council)
の7つの自治体です。
その調査研究の内容は、次に述べるとおりです。
国政レベルにおいて、労働党政権は、84年以来、金融自由化、補助金と諸規制の廃止、税制改革を行いましたが、87年からは、教育改革、医療改革、それに地方自治改革に着手しました。
地方自治改革に関しては、政府は、地方自治体の組織、機能、財源の全面的な再構築を行うこととし、89年には地方自治体改革法(Local Government Amendment Act)を制定し、自治体改革に取り組みました。
我々は、複数の市役所のほか、民間会社、学校、農業経営者を訪問し、NZにおける行政改革の実際について、様々な情報や知識を得ることができました。
まず、NZの行政改革事例の一端を紹介することにします。
(1)地方自治体レベル
1. NZの地方自治体は、道州制に近い広域自治体であるRegional Councilと、City Council又はDistrict Councilと呼ばれる地域自治体に分類されます。前者は、都道府県に、後者は市町村に相当します。89年の自治体改革以前は、22の広域自治体と205の地域自治体、それに港湾、病院、電力配分等の特殊な目的を持つ約400の特定目的自治体が存在しましたが、改革により13の広域自治体と74の地域自治体に再編され、ほとんどの特定目的自治体は廃止されました。広域自治体は、洪水防止、ウサギ等の害獣駆除、港湾管理、資源管理、環境保護等の事務を所管し、地域自治体は、道路、上下水道、廃棄物処理、公園管理、都市計画等の市民生活に密接な事務を所管しています。「council」というのは、辞書で引くと「議会」の意味ですが、市役所の意味でCity Councilという言葉が使われていたと我々は理解しています。
2. 88年以前は、港湾管理委員(Harbour Board)が港の運営を行っていましたが、労働組合の力が強く、効率的でなかったため、88年に港湾企業法が制定され、港湾運営の企業化が推進され、民間会社が港の管理運営を行うこととなりました。例えば、ティマル港の管理は現在ポート・オブ・ティマル社(POT社)が行っています。その取締役の一部はティマル・ディストリクト・カウンセル(ティマル市)の役人ですが、それ以外はまったくの民間人で、職員数も削減されました。POT社の株の71%は、ティマル市によって保有されていますが、港湾使用料等は他の港湾管理会社との競争原理が働き自由化されています。
3. 地方自治体は、予算や事務事業についての年次計画案(draft)を作成して市民に公表しなければならず、市民はこれに対して意見や要望を述べることができます。地方自治体は、これを整理、検討し、予算の組替えを行った上で、議会の承認を得、最終的な年次計画書(annual plan)が作成されます。さらに年度の終わりには、執行された事業決算についての年次報告書(annual report)が作成され、市民に公表されます。このように、行政がすべての事業内容を市民に情報公開し、これについて市民が直接意見を述べることができる市民参加の行政システムが形成されています。
4. 市会議員の報酬は、日本のそれと比べると格段に低く、他の職との兼職も禁止されておらず、名誉職的な印象を受けました。
(2)国政レベル
国政レベルでは、すでに多くの解説書も出ていますので、我々が見聞した中で特に気がついた点だけを以下に要約します。
1. 多くの農家の人たちとも話をする機会がありました。羊毛、酪農を中心とする農業が最大の産業であることはいうまでもありませんが、84年以降、農家に対する補助金や貸付金が廃止され、各種の規制が緩和されたことにより、自由な農業経営が可能になったということでした。
2. 国営事業の多くが国有企業化、民営化されました。我々はクライド・ダムを経営するコンタクト・ハイドロ社(水力発電会社)を訪問しました。もともと電力事業は国営事業でしたが、現在では国有企業化されています。
3. 89年以来教育委員会は廃止され、父兄を中心とする学校運営理事会によって公立学校の運営が行われていますが、その手法は個々の学校の自由な裁量に委ねられています。いわゆるカリキュラムはありますが、あくまでもミニマムの基準であるということです。学校運営費は、国からの予算と父兄からの分担金によりまかなわれています。
4. 66%であった所得税の最高税率を33%に下げるかわりに、GST(消費税:12.5%)が導入され、他の間接税は廃止されました。結果として、税収が潤っているということです。
我々が初めて訪問した行政機関は、ダニーデン市役所でした。
ダニーデン市は、南島ではクライストチャーチに次ぐ第2の都市で、人口は約12万人。多くのスコットランド人が移民してきた町です。
ダニーデン市では、担当職員から、89年以降に取り組まれた地方自治体における行政改革についての生の意見を聞くことができました。
まず、89年の地方自治体改革法に基づく自治体改革の中で、6つの地域自治体が大くくりに再編統合され、現在のダニーデン市になったということです。
市には、住民から選挙で選ばれる市長と議会で構成が存在し、行政部門は市長との契約により行政運営全般を任されるチーフ・エグゼクティブ(CE:職務内容からすると日本の市長のイメージに近い)とそのスタッフ(一般職員)から構成されています。全ての一般職員を統括するCEは市長から任命され、5年契約ですが、雇用関係は契約のみに拘束され、一定の業績を上げないとその職を解雇されることがあります。一般職員もまた同様です。
改革の最大の特徴はカンパニー(Privatisation)であるということができます。「民間の経営形態に馴染むセクションは、民間の経営手法で」という考え方に従い、市の機構の一部がカンパニー化された結果、改革前に1,500人いた職員のうち500人が公共セクターに残り、他の1,000人は市が100%の株式を所有する民間セクター等へ移行しました。日本のように、公務員としての身分を保有しながら出向するのではなく、完全に民間セクターの従業員になりきるのです。カンパニーへの移行に当たっては、労働組合と長期にわたる交渉を重ねたとのことですが、比較的スムースに移行できたようです。その理由としては、次のようなことが推察されます。
・終身雇用制度をとらない社会環境
・日本の地方公務員法のような強固な身分保 障制度の欠如
・部門全体がカンパニー化されるため、基本 的に雇用が確保されること
また91年に施行された雇用契約法(注)により、労働者は労働組合への加入を強制されず、雇用契約の締結に当たり使用者と個別に交渉する(Individual Employment Contract)か、団体で交渉する(Collective Employment Contract)かを選択できるようになったため、労働組合の影響力が相当低下したことも改革の促進に大きく寄与しているものと考えられます。
市の職員の一部がカンパニーに移行しただけでは、真の意味で減量化に繋がっていないのではないかとの疑問もありますが、民間セクターに移った部門では、競争原理が働き、純然たる民間企業と同様採算性が求められるため、より効率的な運営がなされているようです。市から公共事業を請け負う場合でも、純然たる民間企業と同じ立場で入札に参加することとなりました。
「政府は小さく効率的に、ビジネスは民間企業で」を合言葉に、現在もなお公共部門の減量化が追求されており、民間移行をより一層進めることにより、現在のダニーデン市の500人の職員を200人にまで減らす計画が立てられています。また、議員定数についても現在18人ですが、さらに削減する方向で検討が加えられており、我々がダニーデンを去る直前の新聞では定数を15人に減らすとの記事が掲載されていました。
なお、ダニーデン市の担当者によれば、市職員の給与も改革前には年5%の賃上げがありましたが、採算性が求められ、住民の監視にさらされた結果、現在では年1%程度に収まっているとのことです。ただし、改革前は給料がどのようにして決定されるのか分かりにくかったが、改革後は、個人契約ができるようになり、契約に透明性が高まった結果、自分の納得のいく契約が結べるようになり、多くの者は喜んでいるということです。。
NZの改革については、その経済的な成果について積極的な評価が与えられている一方、社会的な影響については否定的な意見も聞かれました。次にその一例を挙げることとします。これらはロータリアンを含めたNZの人々から直接聞いた意見であり、どの程度一般化できるかは疑問ですが、これもNZの改革に対する一つの評価として踏まえておく必要があると考えます。しかし、いずれにしても、「行政改革は必要であったし、改革前の状態には戻りたくない。」というのが今回のGSE研修で我々が聴取した最大公約数的な評価でした。
1. 政府はテレコムやNZ鉄道等を民間に売却し、大量の失業者を出した。これらの失業者は政府の失業給付を受けて、あてもなく在宅し、ぶらぶらしている。これを日常的に見ている子供たちへの影響が危惧される。後のことを考えずに人件費のカットだけを考えて民営化した結果である。
2. テレコム、NZ鉄道、NZ航空など外国企業にどんどん資産を売却しているが、将来、NZの産業、固有の文化はどうなるのか。
3. 当面の負債の返済を最優先してNZドル高政策をとっているが、輸出産業が大打撃を受けている。羊、木材の輸出に頼っていた国であり、人口が少ないので内需喚起に限界があるため、このままでは将来、独自の産業が衰退するのではないかとの危惧がある。
4. 大学や専門学校の授業料は、88年以前は無料であったが、89年以降は有料化され、92年の改定では1,000ドルを超える金額となり、大学では年間10,000ドルの学費が必要になった。奨学金も削減された。因みに、若干の変動はあるが、1NZドルは80円に相当する。現在では、技術、知識がなければ企業は雇用しない。かくして高学歴社会を招来するとともに、失業者が増加する。
5. 改革による人員削減により、医療水準が下がった。町に手術医がいなくなったため、設備はあるものの、緊急時には大都市の病院まで時間をかけて行かなければならない。手術を受けるのに1年程度待つことはざらである。
6. 87年の国家予算では、健康、教育、福祉関係予算を合算すると、年間予算の2分の1強を占めていた。しかし、89年、労働党は、年金受給資格を60歳から65歳に引き上げ、しかも、従来年金額は、退職時労働者平均賃金の80%支給であったが、これについても70%に低減された。
7. 入院治療等医療の有料化が導入された。老後の安心が揺らぎはじめた。
NZとわが国とは文化や歴史、公務員制度をはじめとする様々な社会制度に大きな違いがあり、NZにおける改革の手法を直接取り入れることはなかなか難しい面もありますが、「政府は小さく効率的に、ビジネスは民間企業で」という考え方そのものは、日本の地方公共団体の改革にも十分通用する考え方であり、既存の行政システムを見直すひとつの視点として、大いに参考になりました。
私たちは、行政に携わる者として、NZで学んだ多くの事柄について、各々の自治体行政の中に少しでも反映できればと考えています。
(注)雇用契約法の制定
従来、労働者の代表権は労働組合によって独占されていましたが、現在では個々の労働者が、個別の契約を結ぶか集団的な契約に所属するかを選択できるようになりました。
この法律の制定により、個別の雇用契約や会社ごとの集団契約が増加し、全国共通の労働合意はなくなったため、日本の春闘に当たるものはありません。政府は、労使関係に一切関与しません。そして、柔軟な労働慣習が生まれ、雇用はかなり成長し、労働生産性もとくに製造業とサービス業では著しく改善されました。商店の営業時間に関する規制も廃止され、スーパーマーケットやレストランなどをはじめとして、どのような業種でも1週間何時でも営業できるようになりました。この結果、雇用の促進のみならず、ニュージーランド人の生活様式が、大きく改善されました。