アメリカの医療現場に触れて

太田由紀

四天王寺病院看護婦(大阪天王寺RC推薦)

はじめに

今回、わたしは、大阪天王寺ロータリークラブの推薦をいただき、第2660地区からGSEチームの一員として、一ヶ月間アメリカのウイスコンシン州の第6270地区を訪問してきました。今回のプログラムへの参加にあたり推薦してくださった方々、また多くの第2660地区のロータリアンの方々はじめ、関係者の方々に深く感謝いたします。

今回のプログラムに参加することで、初めてロータリーの存在を知りました。実際に参加させていただいて、その活動や精神をほんの少し理解できたように思います。同時にこのプログラムに参加できたことを、心から嬉しく思います。

そこで、アメリカでの約一ヶ月間における研修において、私が肌で感じたこと、自分の目で見てきたことをお伝えし、今後同じ医療従事者が参加されるとき、少しでも参考になれば嬉しく思います。

出発準備

今年に入り、プレゼンテーションの準備ということでほぼ毎週メンバーが集まりました。 内容は当然のことながら、使用する写真選びも想像以上に大変でした。どうにか内容も決定し文章もできあがりましたが、私たちには大きな仕事が残されていました。それは、文章を英語にするということです。この作業はなかなか大変でした。わたしは、日本語で表現したいことがそのまま英語では表現できないということを思い知ったのです。つまり、自分の英語の能力で表現できることには限界があったということです。仕方なく英語で表現できる言葉や内容に変更せざるをえなくなりました。そんな苦労もありながら、ようやく原稿が完成したのは、出発の確か2週間前でした。

そして、最終チェックということで、ロータリアンの方に私たちの発表をみていただくことになりました。内容に関する的確な指摘とともに、英語に関する厳しいお言葉もいただきました。いくつかの不安を抱えながら、とうとう出発の日を迎えました。そして期待と不安を抱きながら私は5月1日アメリカに向けて飛び立ちました。

アメリカチームとの再会

私たちは、アメリカチームが帰国する際に「さようなら」という言葉は言いませんでした。代わりに「アメリカでまた会おうね」という言葉で別れました。ですからアメリカで彼らと再会することを楽しみにしていました。アメリカに行く前に、彼らと一緒に過ごしていたことはとても心強かったように思います。全員と再会できたのは到着してから一週間ぐらいしてからでした。彼らの顔をみてどこかホットした気分になれました。彼らが日本にいた時よりも、彼らを身近に感じることができました。彼らとの再会で残りのアメリカでの研修を頑張ろうという新たな気持ちが湧いてきたのを私は感じました。

例会出席、そしてプレゼンテーション

アメリカ滞在中に何度か例会に出席する機会がありました。日本での例会とは少し雰囲気が違い、全員がスーツというわけではなく、なかには少しカジュアルな服装をしている方もいらっしゃいました。例会に出席するたびに多くのロータリアンの方々とお話をする機会を得ることができました。新たな出会いとともに再会という嬉しい出会いもありました。

私たちのアメリカでの初めてのプレゼンテーションは、地区大会で行うことになりました。初めてでもあり大きな会での発表ということで、私の不安と緊張は計り知れないものでした。本当に私の英語は通じるのか?そんななか、何とか無事にプレゼンテーションを終えました。そしてわたしは出席した人たちに、内容はどうだったか、英語は理解できたのか、尋ねました。お世辞もあったのかもしれませんが、「Good Job」 という答えがかえってきました。しかし、その言葉で少し気が楽になり、次はもっと頑張ろうという気にさせられたのです。
プレゼンテーション風景

メンバーからの提案で2回目からは少しアドリブにも挑戦することになりました。不思議と2回目からは緊張もしましたが、その時間を楽しむこともできるようになりました。回を重ねるごとに上手くなっていったような気さえしました。おそらく、失敗を恐れなくなったからでしょう。完璧な英語を話すことは不可能です。でも、伝えようとする意思があれば十分だということに気がついたのです。うまく言えませんが、プレゼンテーション(しかも英語で)を経験したことで自信が持てたような気がします。

ホストファミリー

わたしは、滞在中5つの家庭にお世話になりました。ホームステイは初めてではなかったのですが、4〜5日おきに家庭が変わるということで多少の不安がありました。なぜなら、すこし慣れたかなと思うとまた次の新しい家庭になるからです。しかしそのような心配は必要ありませんでした。着いたその時点から、あなたはここの家族の一員だからといって暖かくどの家庭も迎えてくださいました。もちろん、時には意思の疎通が上手くいかなかったり、お互い理解しているつもりで実はまったく別のことを考えていた、というようなことはありました。ですが、それも終わってみれば海外の生活での楽しい出来事のひとつです。 この場をお借りして、お世話になった家族の方々に再度、お礼申し上げます。本当に感謝の気持ちで一杯です。

ミルウォーキーの日本食レストランで

職業研修に向けての準備

正直ほとんど準備はしていませんでした。ただ、自分の興味のある分野の単語だけは調べていきました。不安はありました。しかし、実際には、やはり自分の分野のことなので、相手の英語が全く理解できないと言うことはありませんでした。むしろ、日ごろの会話よりもスムーズに話ができたように感じます。

しかし、一般の方々に質問をされて困ったことがひとつありました。それは、医療保険制度のことです。正直今まであまり深く考えたことがありませんでした。当然、答えることができませんでした。まさかそんなことを聞かれるなんて、という感じでした。もし、今後医療従事者の方がこのプログラムに参加されることがあれば、少なくとも基本的な医療制度の仕組みを勉強することをお勧めします。

職業研修

1) 専門職である看護師

訪問した先々でまず最初に質問されたこと、それは次の言葉です。「あなたの専門はなんですか?」。わたしは、「手術室で働いています。」と答えました。すると、さらに発せられる次の言葉。「専門は?」。分かっていたこととはいえ、あらためてアメリカと日本との立場の差を思い知る瞬間でした。彼女たちは、専門職なのです。私を案内してくれたナースはこう言いました。「今日は心臓の手術がないから私が案内します。」と、つまり彼女は心臓の手術専門のナースなのです。当然手術がなければ、時間にも余裕があるのです。もちろん、手術の介助だけが仕事ではないので、こういったときはほかの仕事をするのですが・・・。それでも、彼女が他の手術の介助(例えば胃の手術)をすることはありません。内心彼女がうらやましく感じました。それと同時にアメリカのナースの厳しさも感じずにはいられませんでした。おそらく、専門性が高いということは要求されることも私たちより高いと考えられるからです。もちろん、教育そのものが根本的に違うのですが・・・。ともかく、アメリカの医療現場を肌で感じることができたことは大きな衝撃となりました。
手術の準備をするナース

2) スタッフの構成の違い

実際の手術を見学する機会を得たのですが、そのスタッフ構成をみて驚きました。まず医師は通常1人だけだということです(心臓の手術さえも例外ではありません)。そして2〜3人のアシスタントです。このアシスタントと呼ばれる人たちは次のような人たちです。医学部の学生、看護学生、看護師、ORテクニシャン(本来のアメリカでの名称と正確には異なりますが、分かりやすいように日本の名称にあてはめました)などです。最後のORテクニシャンについては、補足します。この方たちは手術室で働くために学校に通い(2年間)、必要な知識を持った専門職の人たちです。彼らは、日本では医師にしか認められていない行為をも施行することができます。例えば、手術における閉創(傷口を閉じること)などです。

麻酔科医についてですが、看護師が麻酔をかけることも許されています。もちろん、ここで言う看護師とは日本のそれとは違うことは言うまでもないでしょう。このようにひとつひとつが、大きく異なり、様々なことを肌で感じることができました。

3) 医師と看護師の関係

わたしが、アメリカの医療現場を見て一番うらやましく感じたこと、それは医師と看護師をはじめてとするアシスタントとの関係です。彼らは、立場の違いこそあれ対等の関係だということです。お互いがそれぞれの立場から意見を交換する。日本のように、どこか医師が上から物を言うという感じは全く受けませんでした。そして、医師のアシスタントに対する厚い信頼です。手術室という緊張の最も高まる場所でさえ、すごくリラックスした、そして和やかな雰囲気がそこには存在しました。それは、わたしが今まで一度も感じたことのない空気でした。もちろん、今回はほんの一部の場面を見たに過ぎません。それだけでどうのこうの言えることではないことは十分承知しています。ですが、あの暖かい雰囲気はおそらく彼らの信頼関係から生まれるものではないかと思います。
人工骨頭置換術の見学

4) 日帰り手術

アメリカでは、ほとんどの手術が日帰りで行われています。心臓の手術でさえも3〜4日の入院だそうです。この事実には、さすがに驚きました。近年、日本でも一部の手術(例えば、白内障手術など)は、日帰りで行うこともあります。しかし、もし日本で心臓の手術を受ければ最低でも2〜3週間は入院ということになるでしょう。手術前の患者さんにお会いしたのですが、当日の朝家族とともに来院され、まるで外来に来ているかのようでした。手術開始直前まで家族とともに待合室で過ごし、とても今から手術を受けるとは思えませんでした。

その背景には、保険が大きく関わっているようでした。つまり、医療費がかなり高額なため保険会社が支払ってくれないからだそうです。ちなみに、もしアメリカで手術を受けると、手術室を使用するだけで15分おきに300ドルかかるそうです。もし、手術が2時間かかれば、それだけで2,400ドルになるのです。そのほかに、術前・術後の検査費用、使用した物品や薬品の費用もかかりますのでかなりの費用になるでしょう。

5) ビジネスホテルのような病室

病室・手術の待合室・ICU・ERの部屋をみてびっくりしました。全てが個室で、その設備はまるでビジネスホテルのようでした。日本とは土地やその他の事情から比較すること自体無理があるのかもしれませんが、それでも部屋の広さ・各病室の設備の充実さには驚きました。プライバシーを重んじるという点であれほど配慮がなされていたら、患者さんも快適に過ごせるだろうと思います。アメリカの方が、もし日本で入院することになったら、さぞその狭さに驚くことでしょう。

言うまでもなく、廊下や例えばエレベーターホールの広さも十分確保されており、また廊下には絵画を飾るなど、少しでも病院の持つ、あの独特な雰囲気をなくすような配慮も日本よりも優っているように感じられました。

6) 独立している患者

直接患者さんと話をする機会はほとんどありませんでした。しかし、いろいろなことを考えると、アメリカの患者は日本の患者よりもより独立心が強いような気がしました。なぜなら、日本はいまだに医師の言うことは絶対だと考えている人も少なくありません。最近、セカンドオピニオンという言葉をたまに医療の現場で耳にすることがあります。しかし、一体どのくらいの人が実行に移しているのでしょうか?その数はまだまだ少ないように思えます。これは、アメリカでは当然のこととして行っていることです。おそらく、医師のほうから積極的にセカンドオピニオンを勧めることも多いはずです。まして、日帰り手術が当たり前なのですから、自分の病気に関して明確に理解し、また責任を持っていないと、自分で自分を危険な状態にすることもありえるでしょう。おそらく、だからこそインフォームド・コンセントがしっかりと行われているのだと思います。この点においては、日本はまだまだだと私は思います。今後は、いかにして本当の意味でのインフォームド・コンセントを実施していくかが課題になるのではないでしょうか。あくまで私の意見ですが、日本の患者にも、もっと積極的に自分の病気と向き合う勇気を持ってほしいと思います。ホスピスが行える施設はまだまだ少なく、問題は沢山あるのでしょうが、いつか将来において癌の告知が、当然のことのように行われる医療現場になることをわたしは願っています。

7) 職業研修を報告するにあたり

内容について、何を報告しようかと随分考えました。私は手術室で働いており、細かい点(実際の現場で取り入れたらいいなと思ったことなど)で勉強になったことはいくつかあるのですが、あえてそういった細かい内容についてはほとんど触れませんでした。
なぜなら、おそらくそのことを報告したところで理解できる人は少ないと思ったからです。そこで、全体を通して私が感じたことを、素直に言葉を飾ることなく書くことにしました。その結果、何か物足りなさを感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、ご了承ください。

おわりに

1ヶ月間に及んだ日程を終えて無事に日本に帰国しました。思い返してみると、長いようであっという間に過ぎ去った1ヶ月間でした。今、こうして改めて報告書を書くという作業の中でいろいろなことが思い出されます。異なる文化に触れるということは、今すぐには分からなくても長い月日の中で、その経験が生かされるときが必ず訪れると私は信じています。そういう意味で、このプログラムに参加して本当に良かったと思えるのは、もっと先になるかもしれません。いずれにしても、わたしの人生の1ページになることは間違いないでしょう。最後に、改めてお世話になった全ての方に感謝したいと思います。