アメリカの教育システムの現状に触れて

玉井達也

大阪市教育委員会教務部教職員課教職員人事担当(大阪中之島RC推薦)

 

はじめに

 この度、私は中之島RCの御推薦をいただき、第2660地区GSEメンバーとして、アメリカ合衆国ミルウォーキー(第6270地区)を訪問させていただきました。ロータリークラブの存在はもちろん知っていましたが、その活動の具体的内容についてはあまり知らなかった私にとって、今回のプログラムはロータリークラブの活動やその理念を理解するうえで、初めての、そして貴重な機会となりました。また、今回の訪問は、自分自身について、様々なことを考えさせてくれるものとなりました。

 私の職場は大阪市役所内にあり、教育委員会事務局で学校園の教職員人事に携わる仕事をしています。一口に教職員といっても、学校には教員以外の職員が数多くいます。職場での私の担当する仕事は、そういった教員以外の職員の人事に関することが主なものです。したがって、アメリカ社会において、学校運営のシステムはもちろんのことですが、学校で働く人々の現状を知ることが、今回訪問させていただいた際の目的の一つでした。

訪問先の印象

 ご存知のとおり、アメリカ合衆国という国は、私達にとって、最も身近に感じる外国の一つだといえます。ただ、アメリカは広大です。また、様々な人種で構成される多民族国家でもあります。したがって、土地によって特色を持ち、他とはまったく違った印象を抱かせてくれます。実際、私がアメリカヘ行くのは今回で6回目ですが、行く先々で新鮮な体験をしてきました。そこで、今回の訪問で、ウィスコンシン州(或いはミルウォーキー周辺地域)で出会った人達や訪れた場所等から感じた、様々なことについて、職業研修で見聞きしたことも含めて触れてみたいと思います。

ホストファミリーとの夕食(Port Washington Didierさん宅にて)

(1) 経済状況
 現在アメリカの経済状況は、緩やかにではありますが確実に下降線をたどりつつあります。もちろんロータリーのメンバーに会社経営者やビジネスの世界で活躍する方がいるせいもあるのでしょうが、株式投資や投資信託等、いわゆる「財テク」が一般的なためか、少なくとも私が出会った人達は、経済に対する関心が非常に強いのが印象的でした。いくつかのクラブの例会にも参加させていただきましたが、コメントする方の一人は必ずその日の株価について触れていたくらいですから、その関心の強さがうかがえます。例会の中で経済の話になると、お寒い話題だと言わんばかりに首をすくめたり苦笑いをしたりする人が時々みられました。つまりは、あまり良くないのでしよう。ただ、それに対し、失業率はというと、全国的にみても低い水準にあるようでした。私が訪問したRCのあるWaukesha郡では、失業率は3%くらいだというのですから、かなり低いものです。広大な国にあっては、州によって経済状況が異なるのは当り前とも思えますが、ではなぜそのように安定しているのかが気になります。  

 そこで、行く先々で出会った人達から聞いたところ、全米でも特に高い税率が人口の流入を防ぐ結果となる一方で、全米でもトップクラスの教育水準が子供を持つ教育熱心な親を引き寄せ、製造業中心の産業から情報・バイオといったハイテク産業への脱却をはかる政府の政策が効果を現しつつある、というものでした。日本以上に厳しい学歴社会のアメリカにあって、高学歴は貴重な財産となりえます。それだけが理由ではないとは思われますが、高い教育水準が経済の安定に寄与する一因を担っているという、ウィスコンシン州の教育システムに、ますます関心を抱かずにはいられませんでした。

(2) 多民族国家
 「人種のモザイク」と言われたこともあるくらい、アメリカは多民族国家です。しかし、いわゆる「ニューカマー」と呼ばれる移民については、現在様々な問題が生じています。たとえば、日本ではまだ考えられないことですが、私が訪問した学校のうち数校は、英語を話せない子供達のために特別にクラスが編成され、彼らの母国語で授業が進められていました。その多くは中南米からの移民で、授業はスペイン語で行われていました。彼らは普段スペイン語しか話さない家庭にいるため、英語の上達が遅れており、そのために特別クラスに入っているのですが、子供の順応は速いもので、やがてはスペイン語と英語の両方を織り交ぜながらの授業から、英語のみの通常クラスヘと加わっていくのだそうです。ただ、教える側の労力は大変なもので、特に2ヶ国語を使うクラスでは、20人足らずのクラスに教師が2名ついて授業を行っていました。このような、日本ではなかなか見ることができないものを、現場で目の当りにしながら知ることができたことは、貴重な体験でもありましたし、様々な問題を抱える子供達を見捨てることなく教育するアメリカの公立学校教育に深い感銘を覚えました。

Whiterock Elementary School でのスペイン語での授業風景(Waukesha)

職業研修

 職業研修では主に教育施設や教育委員会事務局を訪問し、現地の教育システムや人事・労働条件に関する組合との交渉について人事担当者や教育長からお話を聞き、時には現場の管理職(校長など)の方とお話をする機会にも恵まれました。
Pewaukee地区教育長と(Hartland-Lake County)

(1) アメリカの教育
 アメリカの教育システムは幼稚園から高等学校まであり、幼稚園は小学校にあたる初等教育に組み込まれた形になっています。日本では小学校6年、中学校3年、高等学校3年の12年で3学期制が一般的となっていますが、私が訪問した地域(地域により異なることもある)ではElementary school 5年(1学年から5学年)、Middle school 3年(6学年から8学年)、High school 4年(9学年から12学年)の12年で前後期の2学期制となっています。また、6月の2週目から9月の1週目まで約3ヶ月間の長い夏休みがあり、この間については教職員も休業となります。教員は病気などのために、いわゆる年次有給休暇に該当するものを10日間程度与えられていますが、夏の間にこの長期休業があるわけです。教員は日本と同様、教育大学以外に総合大学で単位を修得して一定期間の教育実習を経た後、教員免許資格試験に合格すれば教員となる資格を得ます。しかし、州によっては、特に中等教育の教員に対し、一定期間内に現職のままで、夏期休業中または夜間に大学院教育を受けて、MA(マスター)の学位を資格として取得することを義務付けているところもあります。これは、教員免許状の更新要件や昇給等と直接関係することになります。したがって、待遇はいいのですが、かなりのハードスケジュールとなっているようです。

(2) 教育委員会及び意志決定システム等
私の訪問した教育委員会は非常にコンパクトなものでした。教育長と人事担当部長、予算担当部長、あとは事務職員が10名弱といった構成で、確かに人口約200万人の大阪市の規模とは比べるべくもありませんが、小・中・高合わせて10校余りをたったの10数名で管理していることに、驚きを隠すことができませんでした。そして、現地教育委員会と組合との交渉について、教職員組合とそれ以外の職員(技術職員、秘書など)において争点となるのは、健康保健についてだそうです。近年、上昇の一途をたどる保険料の増加が教育委員会の予算を圧迫する状況が続いており、教職員の保険料を負担する教育委員会としては増加する負担に頭を抱えているとのことです。国民皆保険制度を採る日本の状況とはかなり異なっているのが印象的でした。ちなみに、私の訪問した教育委員会では職員の人事異動というものは原則として存在せず、その点でも本市の状況とは大きく異なっていました。さらに驚いた点は、学校施設の増改築やパソコン導入等、予算増を余儀なくされる場合、その教育委員会が担当する地域住民の合意を経て執行しなければならず、そのためにReferendumと呼ばれる住民投票で住民の意思を問うことです。この結果、教育のための支出を是とした場合、住民税のうち年間数百ドル分が数年間増税され、そこから必要な施策のために予算を組むことになります。もちろん、住民が「否」とした場合、委員会側は施策を中止又は延期するか、人員削減などの対策を図って予算を捻出しなければならなくなりますが、それにより生ずる結果は全て住民に返ってくるのです。いずれにしても、徹底した合理性と、重要な案件の是非については直接住民に問うというシステムに、アメリカという社会の成熟を見たような気がします。

教育委員会での会議風景

プレゼンテーション

 多くの人達の面前で話をする機会は日本語でもなかなかありませんが、英語でとなるともちろん初めてのことで、準備には時間がかかりました。団員どうしで出発までに何度も集まり、どうやったらうまくいくかと試行錯誤の毎日でした。しかし、準備が一応の落ち着きを見せた後も、やはり英語でのスピーチということで、当日は緊張して考えていたとおりのことは話せないのでは…と皆で心配していました。

 初めての発表はジュネーヴホテルというリゾートであり、地区大会でのプログラムの一つとなっていて、その大きな扱いにプレゼンテーション当日は皆かなり緊張してしまいました。実際、思い通りにはなかなかいきませんでしたが、終わった後の皆さんの暖かい拍手に気を良くして、「次回からアドリブを入れて見ようか」と欲を出すまでになるほど、私達にとっては満足いく結果となりました。2回目以降に私がアドリブとして加えたのは、自分の好きな野球に関するものでした。私は自己紹介に自分のことを「野球中毒」と書くほどの野球好きであり、阪神ファンでもあります。一方で、ミルウォーキーにはブリュワーズという歴史ある球団があり、数年前に完成したばかりの開閉式スタジアム「ミラー・パーク」をホーム球場として試合を行っていますが、残念ながらここ20数年もの間、低迷を続けています。私が阪神の今までの惨憺たる状況を話したところ、「ブリュワーズと同じだ」と言う声があちこちからあがり、笑いを誘いました。その後、数人から話し掛けられて、日米の野球談義に花が咲くことがありました。この時、国は違っても考えることにそれほど違いはないことに気づき、それ以降は日本で知人と話すように現地の人と接するよう努めたところ、共感を得られることもしばしばでした。私にとって、外国に来て現地の人と接する際の楽しさは、文化の違いを感じ取ることと、人間としての物事の感じ方や考え方は、言葉に関わりなくあまり違わない場合が少なくないという面を感じ時です。今回のプレゼンテーションでの体験だけでなく、その後幾度となく同じような思いを持ったことがありました。それは、このプログラムに参加させていただいたなかでの貴重な体験の一つとして、今でも強く印象に残っています。

GSE Hosting Committee Co-Chairman, Gary Olsen 氏宅でのホームパーティで6270地区GSE日本訪問メンバーとの再会

最後に

 今回のプログラムに参加させていただくにあたり、推薦していただいた中之島RCの皆さんには、緊張気味の私に肩の力を抜いて楽しんでくるよう声をかけていただき、国際ロータリー財団の野村さんには、準備を進めるにあたって適切なアドバイスをいただき、特にプレゼンテーション準備の際にはお忙しい時間を割いてコーディネーターの松岡さんにバックアップしていただくなど、私達の渡米のために大変なお心遣いをいただきました。また現地では、6270地区の皆さんに本当にあたたかく迎えていただき、滞在中も私達がリラックスできるよう最大限の配慮をしていただきました。GSEプログラムを終了した今、私にとって、ロータリークラブとの関わりは忘れ得ないものとなりました。最後となりましたが、皆さんに心より感謝申し上げます。