「ノーマライゼーション」の徹底が、頭をガツンと一撃

川本 典美

(デイサービスセンター施設管理者、寝屋川RC推薦)

 この報告書を書き始めるにあたって、このプログラムに関してご協力を賜った方々に心より御礼申し上げたいと思います。私はこのプログラムで得た経験を今後の職業人としての成熟に大きく役立て、またスウェーデンと日本との友好に生涯を通して貢献したいと強く願っております。

 さらに、この研修の締めくくりにはボーナストリップとしてストックホルム滞在の機会をいただいたことにも深く感謝いたします。ストックホルムの街中を歩きながら、GSEの研修中に出会った人々、経験した様々なことを思いだし、懐かしく思うひとときは至福の時間でした。

●スウェーデン人の生活をかいま見て  

 2400地区滞在中のほとんどの日程をホームステイで過ごし、全部で10家庭にステイしました。もうすこしゆっくりしたいなぁと思ったこともありましたが、10ものスウェーデン人の家庭生活をかいま見ることができたのは大きな収穫でした。やはり福祉を知るには、そこに暮らす人々の生活を知ることが一番大切なことだからです。ホームステイから感じたことを書いてみたいと思います。

高い集中力と効率と

 スウェーデンの家庭でまず、目を引くものはその窓と庭の美しさです。窓辺はランプや観葉植物で美しく飾られています。庭は、緑の芝生が美しく刈り込まれ、色とりどりの花が植えられています。窓辺のランプも庭の芝生も花も自分たちでつけたり、刈ったり、植えたりするのです。

 つまり、スウェーデン人は、よく働きます。職場でも、家庭でも。スウェーデンは白夜で有名ですが、私たちの滞在した2400地区・南スウェーデンでは白夜を見ることはできないものの、夜の9時をすぎてようやく暗くなりました。午前8時から午後4時まで働くのがもっとも平均的な労働時間のようでしたが、仕事を終えて帰宅してから庭の手入れをしたり、簡単な大工仕事などをしてしまうのです。私たちのプログラムの中には、夕方の4時からハイキングにいって、その後バーベキューパーティをするというのもありました。また、夜の8時半から野生鹿を求めてドライブに行ったこともありました。

 ただこのよく働くの「よく」というのが重要です。長時間働くという意味ではありません。スウェーデン流よく働くは「高い集中力と効率」、つまり一定の労働時間を高い集中力で効率よく働くのです。決して長時間職場滞在を忠誠や勤勉というように評価はしません。それは、所定の時間内に自分の仕事を消化できないだけなのです。そして、その「高い集中力と効率」を支えているものは労働条件です。そのあたりの詳しい話は他のメンバーにゆずることにします。

女性の仕事・男性の仕事

 スウェーデンでの女性の有職率が高いことは有名ですが、実際に私が滞在中に会った女性のほとんどが職業を持っていました。常勤・非常勤の割合は半々と言うところでしょうか。

 家庭での役割分業は、食事の支度は女性が担当して、大工仕事的な仕事は男性がするというケースが多いようでした。ホスト・パパがとてもおいしい食事を用意してくれた家庭もありましたが、全体的には一家の主婦は仕事と家庭の両立を負担に思い、もう少し家事を男性に手伝ってもらいたいと思っているようで、この点は日本の働く女性と同じであるようです。

我々の轍を踏むな

 職業を持ちバリバリ働いているスウェーデン女性の中には、「社会進出して社会的地位と経済的自立を手に入れたが、いらないものも手に入れてしまった」という話をしばしば聞きました。彼女たちが手に入れてしまったものというのは、ストレスと子育て上の問題でした。特に子育てにおいては子供に時間をかけて十分に愛情を注いでやることができないので、非行化が進んだという主張をする人が多く、必ず彼女たちは「日本女性は私たちの轍を踏んではいけない」と言葉を結びました。この話をした日は、正直なところ、私は複雑な心境でした。日本女性の社会進出が今後進むことは明らかなことですから。われわれは独自の道を見いださなければならないのでしょう。

親子関係

 滞在した10家庭のうち、大学生以上の子供と同居している家庭はありませんでした。そのかわり、「大学生になったから独りで住むようになった」という言葉はよく聞きました。このひとりで住む場所は大学が遠くて遠い町に住んでいる場合もありましたが、車や電車で週末を利用して帰ってくることができる距離に住んでいる場合が多いようでした。しかし、だからといって子供は毎週帰ってくるわけではありません。たとえば、日本からお客さんが来ているからといった理由で子供を食事に呼んだりと、親は何かと機会をつくっているようでした。

 また、老親と同居している家庭もありませんでした。そしてこちらの場合も同居はしていないけれど、近くに住み(半数の家庭で同じ市内)、頻繁に訪問するというスタイルでした。この場合、老親はサービスハウスという高齢者福祉施設に入所している場合が多かったですが、このサービスハウスというのは日本にはない施設です。詳しくは後に述べることにします。

●職業研修

 スウェーデンは高福祉の国として知られています。 高齢者福祉に携わるものとして一度は訪れたい国でした。GSEのプログラムで受けた職業研修は本当に貴重な経験でした。ここでは紙数に限りがありますので、日本になくてスウェーデンにあるものを中心に職業研修から得たものを紹介したいと思います。

トイレット・ペーパー・ホルダー・ショック

「ノーマライゼーション」。福祉の業界では知らない人はいないといった考え方ですが、まだまだあまり知られていないのが日本の現状です。これは「障害者や高齢者を施設などに隔離することなく日常生活を共に助け合って生きていくのが正常な社会の姿である」とする考え方です。スウェーデンでは、すでに意識されないほどにこの考え方が人々に浸透していました。

 ストックホルム空港に降り立ったとき、私はトイレに行きました。まず、そこで私は頭にガツンと一撃を受けました。一撃の主はトイレットペーパーホルダーです。日本のトイレットペーパーホルダーは右利きの場合、左手でステンレスの上蓋の部分を押さえ、右手で紙を引っぱって切ります。つまり両手が必要です。スウェーデンのトイレットペーパーホルダーは、ステンレスの上蓋に簡単なバネが仕込んであり、それが適度にトイレットペーパーを押さえ、―紙を引き出せないほどには強くなく、しかし紙を切れないほどには弱くない―片手でスムーズに使えるのです。脳卒中の後遺症で片マヒになった人に使いやすいトイレにこだわりつづけている私にとっては、まさにガツンと一撃でした。それ以来、研修中はありとあらゆる場所でトイレをのぞき、トイレットペーパーホルダーを確認し、手すりを確認し、写真を撮るの繰り返しでした。そして、どこのトイレに行っても公共の場所ではトイレットペーパーホルダーは片手で使えるものでした。片手で使いやすいトイレットペーパーホルダーは、両手を不自由なく使える人にも便利であることは容易におわかりいただけるでしょう。

 また、スウェーデンでは、新しい建物では電気のスイッチの高さは床から1mぐらいの位置にあります。日本の平均は1m20cmぐらいです。日本人よりもはるかに体格のよいスウェーデン人のためのスイッチがより低い位置にあるのです。これもやはり腕のあげにくい人のことを考慮して、低くなったということでした。日本で高齢者施設の建設に携わったときに、電気のスイッチの高さを低くするように建設業者、電気工事者、設計士を説得するのに私はずいぶんエネルギーを費やしました。ささいなことですが、ここでも私はガツンと一撃でした。

 スウェーデンでは公共の建築物は車椅子でも不自由なく利用できるように設計されていなければ、建築許可がおりないということですし、古い建物についてもスロープをつけるなどの工夫がいたるところにされていました。レストランや商業施設も車椅子で利用できるようになっていなければ、営業許可が下りないようでした。

 上に紹介した例はささやかなものですが、このようにスウェーデンでは健常者を基準に決められてきたことを問い直し、健常者も障害者もともに暮らしやすい社会をつくろうという努力の成果が至るところで実を結んでいました。

移送サービス

 デイサービスセンターに勤務するという現場の視点から、日本でも整備の求められているもの、日本にないものについていくつか書きます。

 まず、最初は移送サービスの充実についてです。

写真のようなタクシーが病院やリハビリへ、またはショッピングへ車いすを利用している人を乗せて行きます。車体の横のスロープを利用して車いすごと乗り込むのです。電話一本できてくれるので、これを利用して車いすに乗っている人も好きな時に好きなところへ出かけます。日本でも流しのタクシーに車いすマークがついていますがやはりこのようなワンボックスタイプのほうが乗降が容易です。日本ではワンボックスタイプの福祉タクシーは前もって予約しておかなければならない上に料金もかなり割高であるというのが現状です。

サービスハウス

 サービスハウスは、高齢者専用介護付アパートのようなものです。ここではたとえ寝たきりや痴呆になっても介護を受けることができます。私が見学したものは5〜8階建ての中層建築のものが多く、各フロアーごとに共同のサンルーム兼談話室兼職員の詰め所的な空間があります。小規模な所では各フロアーごとに食堂があり、そこで一緒に昼食をとるということでした。大規模な所ではたいてい1階に大きなカフェテリアがあり、入居者はもちろん地域の住民も利用できるということで、サービスハウスに入居していないが食事をしに毎日訪れる高齢者も多いようでした。

 夫婦でも、単身でも入居できます。最も多いのがキッチン・バス・トイレ+2部屋というタイプですが、1部屋のもの、3部屋のものといろいろあり、それぞれ家賃(平均して年金の70%程度)がちがいます。何人かの方に室内を見せていただきましたが、各自自分の家具や思い出深い品で室内を装飾し、個人のアパートの室内と全く変わりありません。自分や配偶者の健康状態に不安を感じたり、一人暮らしが寂しくなったりするとここに入居するようでした。

 また、サービスハウスにはデイセンターと呼ばれるリハビリ兼余暇活動を楽しむための空間があり、そこでは入居者も地域住民も好きなときにやってきて友人と会い、おしゃべりをしたりしながら手芸やクラフトをしたりしていました。歩いてこれない人は前述したタクシーを利用して気軽に遊びにきていました。

 高齢者はタダでこれらのサービスを受けているわけではありません。サービスハウスの家賃を払い、食事代は別に払い、入浴すればまた料金を払い、といったようにこまめにお金を払います。そして、それらの料金は非常にうまく設定されていて、ごく普通に生活すれば年金内で納まるようになっています。

 日本でも有料老人ホームと呼ばれるものがありますが、非常に入居費用が高額であること、また最近倒産するものや契約書に謳ったサービスがなされないことなど多くの問題をはらんでいます。また、日本のデイサービスセンターは、週に1回、決められた曜日に決められた時間だけ利用できるというのが最も平均的で、まだまだ好きなときに好きなだけ利用することはできません。

ホーム・ヘルプ・サービス

 日本のホームヘルパーとは異なるサービスです。おもに作業療法士の方が行っている場合が多かったですが、車で各家庭を訪問し、在宅で生活しつづけるために必要なサービスの調整をします。たとえば、在宅でひとりで生活するためにどのような援助がどの程度必要なのかという調整、どのように住宅を改造すればよいのか、その人にあった車いすや歩行器の給付など、在宅生活を支えるための様々な需要と供給の調整をします。サービスの調整をしてもっとサービスの提供を効率よくできないものかと現場で働いていつも感じている私にとっては進んでいるなと感じさせられた点の一つでした。

●最後に

 高負担・高福祉の国、スウェーデン。帰国してから「スウェーデンの方法は日本で通用しますか。」と幾度となく訪ねられました。むずかしい質問です。

 日本は都市部とそれ以外の地域では生活条件も人々の価値観も異なり、一概には言えません。ただ言えることは、女性が高学歴になり、社会的成功や経済的自立を目指しはじめた以上、女性の介護力をあてにした「在宅介護」の限界は見えているのではないでしょうか。スウェーデンの「在宅介護」は、自分の住みたいところに住みつづけることを社会がバックアップするもので、社会によって老後の安定を保障されるていることが、安心につながっているのではないでしょうか。

 また、スウェーデンと日本では人口密度に大きな違いがあります。日本の国土の1.2倍の土地に大阪府民とほぼ等しい870万人の人々が暮らしているのがスウェーデンです。これはあらゆることの基礎となる違いです。

 スウェーデンで学んだことはたくさんありました。行政上のこと、財政上のこと、本質的にわれわれが議論を重ねなければならない問題はたくさんあります。しかし、小さなデイサービスセンターで現場に携わるものとして報告を締めくくるならば、やはり「ノーマライゼーション」の層の厚さということです。「ノーマライゼーション」というのはいわば、健常者が作り上げてきた様々な基準に対する異議申し立てのようなものです。たとえ病気であっても障害があっても、ひとり一人が自分の人生を自分らしく生きる自由をもっているのです。それが高齢者福祉の現場にも反映され、ひとり一人を大切にしたケアがなされうる環境が整っていました。千里の道も一歩から。日本の現状を嘆くばかりでなく、たわわに実る果実を収穫する日に向かって進みたいと思います。