白く長い雲のたなびく国”(ニュージーランド)を訪れて

蜷川 善夫

(大阪府総務部人事課、大阪東RC派遣)

PROLOGUE

 豊かな自然と羊、キウイとラグビーの国、そして最近では行政改革に成功したことでも知られ、世界各国から注目を集めている“南半球の優等生”。さまざまな思いを胸に秘めながら、むくつけき浪速の5人衆(?)は、初夏の夕闇に沈む関西国際空港をあとに、国際ロータリー9980地区のロータリアンの待つ初冬のニュージーランド(以下「NZ」という。)へと飛び立ちました。

FEW PEOPLE AND MUCH SPACE

「NZでの最初の印象は?」と問われば、私にとっては、何といっても「広い土地に少ない人、豊かな自然」です。NZ全体でも350万人しか人口がないことでも容易に想像がつきますが、我々が訪れたNZ5番目の‘大都市’ダニーデンと数字で比較すると一層よく分ります。大阪府の総人口880万人に対し、ダニーデンには府の1.8倍の広さがあるのにわずか12万人(富田林市程度)しか人が住んでいないのです。高層ビルなど皆無で、街のすぐそばまで牧場が広がり、あるいは緑の木々に溢れ、小川のせせらぎが聞こえます。土地が広く人口が少ないことが色々な面でNZの特徴を形づくっています。しかし、単に土地が広く人口が少ないから豊かな自然が残っているのではなく、豊かな自然環境を残すために、なみなみならぬ努力が払われていることを、この研修を通じ体験しました。NZには、私たちが失ってしまったふるさとの自然が、街の中にさえも純粋なまま保存されています。

THE WORLD'S GREATEST RUGBY COUNTRY

 ダニーデンに着いて早々の5月9日、地元のロータリークラブ(以下「RC」という)のアレンジにより、チーム全員で地元のOTAGO HIGHLANDERS と豪州のNEW SOUTH WALES WARATAHS のゲームを見る機会を得ました。これは、南半球のラグビー強国NZ、豪州、南アの12チームで構成され、トップレベルのプレーヤーが出場するラグビーゲーム、「スーパー12」のうちの一つです。彼らはいわゆるプロではありませんが、NZではこのクラスのプレーヤーになると、年間6万5千ドル(約550万円)程度の報酬がNZラグビー協会から支給されます。平均的な労働者の年収が3万ドル(約250万円)ですから、相当なものだといえます。残念ながら地元のHIGHLANDERS は敗れましたが、試合前のロック演奏、打ち上げ花火で大いに盛り上がったあと、本当にエキサイティングでスリリングなゲームを満員の観衆と共に堪能しました。日本でいうと、Jリーグの試合の雰囲気によく似ているような気がしますが、Carisbrook Rugby Stadium 全体が震えるような観衆の盛り上がりはとてもそれとは比較にならず、形容しがたい熱気に包まれていたのをよく覚えています。

 試合後、RCの周到な配慮により、オタゴラグビーフットボール協会主催のレセプションに出席することを許され、レセプションの冒頭、両チームのメンバーの前でプレゼンテーションを行う栄誉に浴しました。

 NZでは、ラグビーが最もポピュラーなスポーツであることは承知していましたが、小さな子供でさえも、誰がオールブラックス(NZ代表チーム)のメンバーであるか、よく知っており、地元出身のオールブラックスメンバーを大変誇らしげに自慢するのには感心しました。また、街の至る所に数面のプレーフィールドが整備されており、そのいずれもが、例外なく緑で覆われているのには驚きました。これらのプレーフィールドは、基本的には自治体により維持管理されていますが、郡部などでは、ボランティアによって整備されているところも多いと聞いています。誰でも、いつでも無料で利用できると聞いて、ラグビー強国を作り上げている大きな

要素を見たような気がしました。

 NZではラグビーに限らず、ホッケー、ゴルフ、スキー、ヨット、トランピングなど様々なスポーツが大変盛んに行われています。注目すべき点は、これらのスポーツが非常に身近なものとして、誰もが気軽に行える環境が整えられていることです。今、大阪では、なみはや国体や大阪オリンピックの招致を契機に、スポーツに対する関心が大きく高まっていますが、これを一部のエキスパートだけのものではなく、市民スポーツ、生涯スポーツとして「誰もが手軽に」行えるようなスポーツ環境の創造に結びつけていく努力が大切だと思います。

 私は、この夜のレセプションや、このあとに出席したいくつかのロータリーミーティングにおいて、先のラグビーワールドカップで、日本代表がオールブラックスに屈辱的な大敗を喫したことに触れ、「いつの日か、日本のラグビーがNZに追いつけたら…。」とスピーチしましたが、本当に、その日が早く来るよう、スポーツ基盤の整備が進むことを期待したいと思います。

 それはともあれ、NZのトッププレーヤーや協会役員の前で、プレゼンテーションを行い、記念のプレゼントの交換を行う機会を得られたことは、今後、ラグビーの面においても、大阪府ラグビーフットボール協会とオタゴラグビーフットボール協会の友好交流を通じ、国際親善を深める新たなチャンネルが開けたということであり、大阪協会に籍を置く私にとっては、大変貴重な機会を頂いたと、RCの温かいご配慮に深く感謝いたしております。

ADMINISTRATIVE REFORM

NZは経済改革や行政改革に成功した国としてつとに有名であり、今回のGSEトリップの研修目的として、行政改革について見識を深めることが含まれていました。これについては、別項で詳述していますが、高福祉国家として名を馳せていたNZの福祉の水準を落とし、国民にとって痛みを伴うものであったことから、総じて批判的な声をよく耳にしました。

 現在の私の仕事と深く関わりがあり、とりわけ関心があったのは、高齢化問題への取組です。NZでも高齢化社会への対応は避けられず、年金政策として、1989年以降は、NO COMPULSORY RETIREMENT AGE(定年なし)に移行しており、「働けるうちは働こう」という考え方がとられています。また、年金額が十分でないため、個人的にも年金をかける必要があり、大きな社会問題になっています。一方、早くリタイアして生活を楽しみたいとの声もよく聞きました。政府の危機感と一般人のこの感覚とのギャップはNZの改革も、まだまだ実験途上であることを伺わせ、興味深いものがあります。

 この問題は、日本においても同様であり、或いは、高齢化のスピードが諸外国に例を見ないほど速い日本の方がより深刻であると言えます。年金の問題に限らず、将来の国民負担の見通しが立つよう、一貫性のある政策を追求する中で検討されたNZの実験を参考に、日本でも冷静かつ十分時間をかけて、国民にも理解できるよう、議論を尽くした検討が必要であると感じました。

KIWI LIFE STYLE

 NZでは数多くのロータリアンにお世話になり、多くの家庭にホームステイをさせて頂きました。その中から、まさしく“ホームステイで見てきた”といえる、興味ある例をいくつか報告します。私にとっては、様々なキウィ・ライフスタイル(NZ風生活様式)の一端を窺い知ることのできる大変貴重な体験でした。

・A氏は趣味で羊65頭、牛6頭、馬3頭を飼っています。週末は早朝から、エサ地を変えるため、羊の追い立てに忙しい。牧草地を耕し、種を蒔き、肥料を入れるのに相当の人件費がかかるとか。羊と牛はホストのA氏のものですが、馬は奥さんと娘さんのもの。奥さんは、毎週乗馬のトレーニング。月に1回クライストチャーチからトレーナーを招いて教わっています。

 このA氏は5月11日の「母の日」に「今日の昼食は私と息子が当番だ」といって、パンプキンスープをご馳走してくれました。パンプキンスープにサワークリームを落としたものとパンだけのごくごく簡単なものでしたが、NZ滞在中、何度も昼食にこのパンプキンスープにお目に掛かった所をみると、これがこの国の代表的な昼食の一つなのでしょう。思いのほか質素なものです。

・街からは少し遠い―このため、通勤、子供の通学は犠牲になった―が、(北からの陽当たりを考慮して)南側の湖畔に家を建て、夏はボートにヨット、冬は毎週末、近くのスキー場への生活をライフスタイルにしているB氏。この人は、40歳までがむしゃらに働き、家も持ち、一応の生活基盤が確保できたため、そこで考え方を改め、週3日だけ働き、残りの4日は余暇(一体どちらが‘余って’いるのでしょう?)を楽しむことに決めたそうです。しかし、これでは、時間を持て余しすぎたと反省(?)し、今では週4日働き、残りの3日は家族とともに過ごし、人生を楽しんでいます。因みに彼の年齢は今年、45歳です。

・ある教員夫婦。やはり牧場を持ち、広大な敷地と一部借地を利用して、C氏は観光客相手にホーストレッキングを提供しています。(公務員の兼業禁止の規定はどうなっているのでしょう。)これは趣味と実益を兼ねているとのことです。

 彼の希望は、早くリタイアして好きなことをして人生を楽しみたいということですが、今後に備えて、もっと十分お金を貯めてから、と奥さんが許してくれないとか。女性の方がしっかりしているのは何処も同じです。

・ある中堅の電気設備会社の課長D氏。もとはある国の機関のトップにいましたが、民営化の憂き目に(?)。そこのCE(最高責任者)に、との要請があったものの、規模の小さくなった会社は自分の働く場所ではないと断って、D氏はパートタイムジョブで今の職に就いています。勿論、現状に満足しているわけではなく、求職中とのことですが、趣味のゴルフは十分楽しみ、NZの平均的な規模

 の家―900平方メートルの敷地に200平方メートルの家屋―に住んでいます。

 ・・帰国後、彼から手紙が来ました。氷点下で乾燥した最近のNZの気候、シーズンインしたオールブラックスの活躍を伝えたあと、最後に、就職が決まったと記してあります。何と、我々が研修で訪問したティマル市の港湾管理会社―Port of Timaru(別項、「行政改革見聞録」参照)―の新しいCEが公募されており、この程、そのポストにつくことに決まったというのです。と言うことは、我々にPort of Timaruの概要説明をしてくれたあのCEは、契約どおりの業績が挙げられず“クビ”になったということになります。厳しいようですが、これが現実の姿です。「行政改革の民営化政策により職を失った国家機関の役人が、同様に民営化された自治体の所有する民間会社の経営トップに就任する! 」 行政改革の具体例をこのように身近で見聞できるとは思いませんでした。まさに“ホームステイで見たNZ”、GSEならではの体験です。

・移民が始まったのが1840年代と比較的新しく、歴史がない分、よけいに史跡、歴史的な建築物等を大切にするという傾向がNZ全般に見られました。そのことは、今回のGSEトリップで、当初、各地のプログラムに史跡や歴史的建築物の見学が盛り込まれていたことでもその一端が窺い知れます。一般の家庭でも同じことがいえ、どこの家でも自分の家系を非常に大切にし、誇らしげに語ってくれました。ある家では、夫婦双方の3代前までの写真が廊下に飾られていました。

 また、家族をとても大切にし、子供の写真もところ狭しと飾ってあります。

 ・とある牧羊農家E氏の子息。17歳。ラグビー青年。しかし、日本のようにラグビーばかりではなく、家に飾ってある写真やアルバムを見せてもらうと、彼は釣りや狩り(鹿、野性の豚、鴨…、)、ウィンドサーフィン、スキーとあらゆるアウトドアスポーツを楽しんでいます。羨ましいのは、それを可能にする環境がすぐ近くにあるということです。さらに、彼は、来年はしっかり勉強して大学へ通いたいと、しっかりした目標を持っています。

・一般に、NZ人は夏に家族とともに長期のバカンスを楽しみます。海外旅行をしたり、ホリデーハウスでゆったり過ごしたり…。ある酪農家のF氏は、夏は日曜も休めないほど多忙を極めるため、冬のこの時期に6週間の休暇をとります。

 今年は、夏のイングランドで家族とともに過ごすそうです。彼の子供は小学生ですが、この間、学校を休ませ、勉強は彼らが面倒を見るとのことです。“バカンスのために子供に学校を休ませる”ことは日本ではなかなか考えにくいことですが、自分のことは自分で責任を持つというのもまた、彼らのライフスタイルなのです。

・夫婦の間で役割分担が一般にどうなってるのか知りませんが、基本的にNZ人は家事を分担、あるいは協働で行っているようです。薪割りや庭の手入れ等、力仕事は男性の仕事であることが多かったのですが、食事の用意、後片付けなどは、多くの家庭で協働で行われていました。特に、朝食時は、男性が台所にたって朝食の用意をしている姿をよく見ました(もっとも、NZの朝食は、シリアルかパンにジュース、コーヒーだけという極めて簡単なものですが。)。殆どの女性が何らかの形で職を持っていることも要因の一つだと考えますが、家庭内においても、男女協働は基本的な認識になっていると見受けられました。

 また、男性は女性に大変優しく接しています。ある農家でのこと。早朝、ホストのG氏は朝食の準備に忙しくしています。私が食堂へ顔を出し、朝の挨拶をしたのは、丁度、お茶を入れているところでした。「何か飲むか?」と聞かれたので、「コーヒーを」と頼むと、「この後にネ」と奥の方を指しながらウィンクをし、入れていたお茶を持って、夫人の待つベッドルームへ消えていきました。日本女性にとってはまことに羨ましいお話。

 ライフスタイルというものは、その国の成り立ち、歴史に深く係わっており、どれがよいとか悪いとか言う比較すべき問題ではありません。現在のように、社会経済情勢の変化が、大きく速い時代にあっては、とりわけ独自の文化を大切にするという視点が重要ではないでしょうか。自分のライフスタイルについて、これまで特に意識をして考えたことのない私にとって、今回の研修を通じ、異文化―こんな生活もあるのだということ―を肌で感じ、自分のライフスタイルを見直す機会を与えて頂いたことは、大変意義のあるものとして、感謝してます。

 私は、各地のロータリーミーティングで、「大阪は非常に活気のある都市で、府民総生産は、OECD諸国の国内総生産の第9位に相当する」と大阪の力を紹介してきました。しかし、「生活の質」を含めてどうか、と問われたらどう答えたらよいのでしょうか。GSEトリップを終えた今では、違う答えを用意しなければならないでしょう。本当の幸せとは何か、全ての日本人が今一度じっくり考える必要があるのではないでしょうか。

EPILOGUE

 マオリ語でアオテアロア、白い雲が、本当に手が届きそうな程低い位置で長くたなびく、美しい自然環境の中で、5週間の長期にわたり、13のホストと多くのロータリアンにお世話になりながら、内側から眺めたNZ。私は、今、2000kmを超える旅程の終盤、ウィントンという小さな町の私邸で催された非公式のロータリーミーティングでの場面を思い出しています。それはロータリアン、その家族、友人を招き、ポットラックティー(各自が分担を決め、食料を持ち寄って開く夕食会)という形式で行われました。私達は多くのNZの友人に囲まれ、厚いもてなしを感じながら、夜遅くまで食事やデザートを楽しみ、会話をはずませました。そして、小川のせせらぎ、鳥の声、草の匂いなどNZで身近に保全され、我々が失ってしまった自然の純粋さを思い起こして、私達は全員で実感を込めて「ふるさと」を歌ったのです。

 今回のGSEトリップで、私は職業研修を通じ、多くの友人に会い、数多くのことを学び体験しました。そのそれぞれを、限られた紙面で書き表すことはとてもできませんが、今、その印象を一言で総括するならば、「自然と人情」ということに尽きるのではないかと思います。私は、各地でNZの人達の厚い人情に触れました。ロータリアンに限らずその家族(小さな子どもでさえも!)、友人、訪問した先々で受けた温かい歓迎ともてなしは、生涯忘れることはできないでしょう。このあとも、できるだけ、コンタクトをとり、せっかく築き上げた絆を大切に、永くお付き合いをしていきたいと考えています。

 最後に、周到にこのプログラムをご用意頂いた、RI9980地区の関係者の皆様に深く感謝申し上げるとともに、ご推薦を頂き、このような素晴らしい機会を与えて頂いた大阪東ロータリークラブ、並びに、心を砕いてアレンジをして頂いたRI2660地区GSE委員会の皆様を始め、関係者の方々に厚くお礼を申し上げます。

 また、御しがたい一団を率いて見事な手綱裁きでリードして頂いた団長のジョージ・中島、終始お世話になった同僚の菅井、河村、山本の各氏に感謝申し上げて報告の締めくくりといたします。